安敦誌


つまらない話など
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雑記林

と書いて、「ぞうきばやし」と読む。
おい、山田君、座布団全部持ってって!

--

ラ・ロシュフコーの文庫本が届いて、ざらざらっと読んでいる。読んでいると、痛い。チクチクではなく、ちょうど足裏マッサージで悪いところの反射区を突いたときのような、腫れ物を押し付けて潰すような痛みがある。あの箴言の9割ほどは自分によくある行為を鋭く説明するものであって、まぁ、そういう痛みを伴う。

そしてその読後感もまた、リフレクソロジーのそれに似て、ほてるような脱力したような、そういう快さを伴う。美徳の賞賛と悪徳の排撃ばかりを並べ立てるような、ありがちな説教では決して味わえない種類の快さである。繰り返し読みたくなるような本である。が、おそらくは読みたく思わない日々のほうが健康なのだろう。ムスメの肩を揉むと、くすぐったがる。これが、健康体の反応というものである。

--

寝入ったチョウナンが、足を蹴り蹴り、何やら叫んでいる。今夜だけでも5回ほどになる。

最近は、毎晩帰宅するたびにチョウナンは「なんで~~しないの」とか「なんで~~できないの」などと文句を言われている。"Why don't you ..."というのは疑問文ではなく、命令文である。英語のそれは勇気を促すような温かさを伴うというが、日本語のそれは多分に叱責である。世間は親に対して、当然のようにそうした「躾」を求める。そして親がそれに耐え切れなくなると、虐待だなどといって、よりいっそう圧力を強める。

おそらく夢の中でもチョウナンは、「なんで、なんで」と言われているに違いない。3歳前にして、もうこういううなされ方をするあたり、比較的父親に似ていない性格のチョウナンも、なんとも悪いところが似てしまったようだ。せめて夢の中だけでも、いい子だいい子だと歌いながら背中を叩くが、表情は相変わらず険しい。

「だっこして」とか「パパと寝る」と言い出すときは、無条件に甘えさせるようにしているが、子供や老人の存在を想定していない現代社会では、3歳児が常に3歳児でいることは極めて難しい。全ての道は舗装されて車が走り抜け、歩道は自転車が走り抜け、公園では禁止事項を多数書き込まれた看板が掲げられている。せめて夢の中でだけは、自由に遊んでいて欲しいと思う。

日本社会を云々する動機は全てコドモたちの将来への不安から来るものであって、それ以上のものは何もない。政治とは、悪政を施せば憎まれ、善政を施せば忘れられる存在であるという。誰も政治に興味を持たなかった時代の為政者は、極めて高い尊敬に値する人なのだろうと思う。為政者というのは、やんごとなきに越したことはないのである。コドモたちが親のことをすっかり忘れてしまったとき、私は初めて褒められるに値する親になるのだと思う。

--

「忘れられた世代」だとか、「日本の『大人』事情」だとか、トランジスタ資源の余剰をプロセッサ/ストレージ間帯域不足の補填に生かすためのソフトウェア技術であるとか、いろいろと思うところはあるのだけれども、まぁ、ここは寝ておこう。

--

冬至の東京には、冬とも思えぬ生暖かい南風が吹いた。なんだか、どうでもいいような気がした。
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by antonin | 2008-12-22 02:36 | Trackback | Comments(2)
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Commented by NAF at 2008-12-23 16:18 x
>子供や老人の存在を想定していない現代社会では、

友達んところのブログでは

>日本はとにかく子供と老人が物を言う

とありました。視点論点が違うところから出た
発言で、有る意味興味深かったです。
Commented by antonin at 2008-12-25 01:54
>なふん

コメントありがとうございます。

<現代>[日本は]<子供や老人の存在を想定していない>ので[とにかく子供と老人が物を言う]ことになる。

という状況ではないかと。金銭的な面で言うと、事実上の独身税みたいな制度は厳然と存在しますしね。一方フィジカル面で言えば、駅のエスカレーターやエレベーターは増えたけれども、子供や老人には命に関わるほどの危険箇所が多いのも事実。まぁ、昔だって川で遊んで溺れた子供は数え切れないほどいたし、感染症で死ぬ子供は輪をかけて多かったわけですけれども。

実際日本の独身貴族というのは各種累進課税の食い物になっているわけで、おかげで我が家の家計がずいぶんと助かっているのは確かです。そして子供に対して乞食を見るような目をする気分もわからないではない。まぁ、人間ってのは面倒なものですね。

するってぇと、非人情が恋しくなる。利害得失を離れて画として眺めれば、そうした人の織り成す景色も存外に美しい。なんてな心境になりたいものでございます。
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