安敦誌


つまらない話など
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不平のインフレーション

なんか、さっき書いた内容が、

クリントン大西の裏日記 携帯電話で映画を観る

ここいらとダブっている。まぁいい。
日本の不幸の発生要因・・・・・大きく「3つ」に絞れると思う。

・公教育の現場で、『論理的思考』といった最も大切な事柄を教えていない(教えてこなかった)。
・マスコミのレヴェルが低い。
・公的意識(道徳心、と言い換えても良い)が低い(あるいは低かった)。

ここは同意。しかし他方で、こういう文言もあった。

クリントン大西の裏日記 やる気マンマングローブ!
「個人の倫理観を高め」・・・は、えー・・・・ぶっちゃけ実現困難。

これも同意。

それでいいのか、という気もするが、いいのだ。もう議論できない、と言っておきつつ、気が向いたので継続。

実際、「実現困難」と「実現不可能」とは異なる。貧富の差が大きくなく、貧者も富者も同じような朱子学的倫理観を持っていたような時代では、どのような時代にも起こりうる凶悪犯罪を別とすれば、日常頻発する軽犯罪というのは驚くほど少なかったという歴史証言もある程度拾うことができるし、私なども子供時代にはある程度治安の良い日本を体感している。(犯罪被害に遭わなかったということはないが)

ちなみに、論理的思考というものはさっき書いた「リベラル・アーツ」の中で重要な、しかし一部でしかないと思っている。例えば、論理的に考えれば次のような推論ができる。

「報道メディアが巨大化(マス化)する」
「マスメディアは国民全体に大きな影響力を持つ」
「国民全体に大きな影響力を持つメディアは選挙結果を大きく左右する」
「選挙結果を大きく左右したい勢力はマスメディアに圧力をかける」
「マスメディアには商業原理以外の偏向が生じる」

というのは極めて自然な流れになる。もちろん、ネットにもマス化したメディアが存在する。しかし比較的目立たない、マスではないメディアも存在する。そこには言論の自由が「ある程度」保証されていて、あまりストレートな言論をしてしまうと、その責任として怖い人に襲われたり脅されたりというリスクは当然背負うことになるけれども、それに対抗できるだけの度胸と戦略があれば、言論の自由を行使することができる。

個人の倫理観を高めたり、市井の個人が国政などというマクロレベルの現象について正常な判断を下すというのは、「えー・・・・ぶっちゃけ実現困難」と言える。

そこで、現在はどういうフェイズにあるかというと、現実を冷静に見るより、悪い部分のみを拡大して連呼し、とにかく人民の不平不満を極限まで蓄積させる。そこで、その不平不満を一括解決できるような、とにかく素晴らしい「感じ」のする指導者が現れる。そして彼が政権を奪取し、人民の支持を背景に警察や軍などの物理権力を掌握し、その強権で旧悪を全て破壊する。完全な悪人など存在しないが、そこはメディアを上手くコントロールして、保守を主張する勢力を悪玉に仕立てて完全に排斥する。そして、掌握した権力に基づいて国家の根幹に迫る大改革を実行する。これを最低5年程度のスパンで実行する。

始皇帝も、レーニンも、ヒトラーも、マッカーサーも、小泉さんも、規模の大小はあれども、皆これをやった。例外はカエサルで、全権を掌握した時点で保守勢力を完全には排斥せず、「寛容(Clementia)」などと言い出した。そして新たな秩序を敵味方をリセットした新体制で立ち上げようとしたが、律儀な若者に刺し殺された。

改革は、まず基本方針の提示から入る。そして少数のプロジェクトグループにより基本法を作り変える。この新しい理念に従って、末端の法律を徐々に改定する。これらの新しい法律体系の中で、既存の組織もいやおうなく新しい理念に従うことになる。最後に教育改革を実施する。過去の教育を墨塗りし、新しい理念を掲げた教科書を学校に配る。この新システムが順調に働けば、社会は繁栄する。

そういう具合で、われわれ民衆にとって最大の武器は、冷静で論理的な思考力ではなく、みんなで怒りを溜め込み、あるカリスマを触媒として集団ヒステリー状態に入る能力である。一人ひとりは穏健な人々も、集団になると特別な心理状態になる。こういう状態で、大きな変革は実行される。戦争もまた同様の心理から発動する。

新国家の樹立後はさまざまな展開があって一律ではないのだけれども、改革の「やめ時」を正しく認識した支配層は、比較的長い期間にわたって安定した統治を実現する。恐怖政治の寿命は短く、穏健政治の寿命は長い。それもいずれ腐敗し、また新しい改革が生じる。平時と乱時のそれぞれに活躍しやすい人材があるが、どちらがより「健全」というものでもなく、状況が異なるのみ、というところだろう。

ええじゃないか、ええじゃないか、えじゃないか。憲法を改正して二院制なんかやめてしまえ。

税制とかそこらはそのうち。考え方のベースはこれでいく予定。
安敦誌 : 仮説メモ1
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by antonin | 2008-12-23 02:52 | Trackback | Comments(0)
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