「ほっ」と。キャンペーン

安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
検索
最新の記事
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
光は本当に量子なのか
at 2015-03-17 23:48
自分のアタマで考えざるを得な..
at 2015-03-06 03:57
折り合い
at 2015-03-01 00:19
C++とC#
at 2015-02-07 02:10
浮世離れ補正
at 2015-01-25 01:21
記事ランキング
タグ
(294)
(146)
(120)
(94)
(76)
(64)
(59)
(54)
(45)
(40)
(40)
(39)
(32)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

HAL9000の狂気

やはり、1週間もちませんでした。でも、ネットからの情報を「遮断」とまではいかなかったものの、かなり制限することはできました。依存症にしては上出来かな。それもまた言い訳か。

とにかくそこでわかったことは、情報を制限すると、やはりイライラが落ち着くということだった。もうひとつ、乱雑でまとまりがつかなかった情報が、少しずつまとまってきて、頭の中で落ち着くようになったということ。これはボルツマン・マシンにおけるsimulated annealingのようなもので、常識という名の局所解から脱するブレークスルーには温度係数を上げて乱雑性を高める必要があるけれども、ある時点で温度係数を落として評価学習をしなくてはならないのと関係があるような気がしている。

現代は「大きな物語」が消失して多くの価値観が相対化した世界だが、これは統合失調症患者にみられるという「自然な自明性の喪失」が、社会組織全体に起こっているようなものだと考えていた。ところが、T-twoface氏が異常なまでのイライラと共に表明したとおり、現在の若い世代にとっては「自然な自明性の喪失」どころではなくて、「『自明性の喪失』が自然」なのだそうだ。なるほど、これは苦痛だ。

オンライン書店ビーケーワン:西田幾多郎善の研究 実在と自己 能動知性 5「毅然かつ丹念に編集された「書物」」

世界は固定観念によって眺めていてはならず、是是非非で検討しなくてはならない、というのが従来の考えであった。しかし現代はもはや、何を是として何を非とするかの基準選びから始めなくてはならないのだという。確かにそうかもしれない。そして、そこまで掘り下げてしまえば、そんなものを選ぶ基準などというのは、せいぜい個人の感情的なものくらいしか残らない。したがって、どこかで感情的なまでに強固な是非基準を選び取る「決断」を迫られる。これが、ネット言論に見られる「右傾化」だとか、反面として「平和主義」や「平等主義」が先鋭化している原因なのだろうか。

根本的な自明性の上に構築された理性的判断の系統が育っていない現代の日本人は、ちょっとした否定的な扱いや無視にさらされると、たちまち自信を失ってひどい不快に見舞われる。ある論理は意見を肯定するのに、ある論理は同時にそれを否定する。互いに矛盾する刺激が中脳に近い感情の座を刺激する。すると、人間はキレる。発作的に激怒する。これは私自身も経験していることなので、この現象の意味するところはよくわかる。

哲学者はしばしば発狂するが、現代日本の若者もまた相互に矛盾する情報の氾濫に見舞われている。結果として、それらに対して無関心を決め込むか、あるいは哲学者のように考え尽くした挙句に発狂するか、そういう道しか残されていないようにも見える。

発狂というといかにも人間的な要素に見えるが、論理的に考えれば、論理的な価値判断が実際的な価値判断と食い違う結論を出す、というだけのことに帰結できてしまうのではないか。つまり、感情というのは単に論理的価値判断に対して「教師信号」を送っているに過ぎず、理性的論理学習の補助装置として利用されているに過ぎないのではないかと考えている。

ある目標を設定すると、その目標に対してある行動が「合理的」であるか「非合理的」であるかという価値判断が可能になる。そこには必ずしも感情は必要ない。しかし、互いに矛盾する複数の推論規則が衝突する場合、どちらかを棄却して全体的な無矛盾性を維持しなくてはならない。そこで、「公理」として設定された目標に照らし合わせて、より「合理的」な結論を導き出せるような推論規則のほうを採用することができる。かくして、惑星探査を究極の目標としたHAL9000は理性的に発狂し、乗組員を殺し始めた。

これが、現代の若者たちに静かなる発狂を求める状況に似ている。経済的な成功を単極的な目標としてしまうと、経済的利益のためなら弱者を切り捨てたり、あるいは起死回生の一撃のために大量殺人もやむなし、という誤った結論が導き出されてしまうことになる。これを防ぐほとんど唯一の方法は、人間的な触れ合い、体感的な愛情の交換しかないのではないかと思う。

そして、そのような同胞同士で愛情の交換を勧める言説は、世界のあらゆる宗教に含まれている。ただ科学と経済だけが、それをうまく記述できなかった。そして、異なる宗教どうしは、結果として同じような目標を目指しながら、その根本原理を共有できないがために、あるいはある種の慣習的実践方法が共有できないがために、互いに憎しみ合い殺し合ってきた。

その諸宗教や諸思想に包括的な相対性を与えた科学的、あるいは論理的思考は、今や各種の宗教的な原理を越えて、それらの内包する教義や習慣に対して、許容できるものと許容できないもの、共存できるものと共存できないものの峻別を下す義務を負っているのではないかと感じている。そして、その峻別が仮想的で狂信的でイデオロギッシュなものにならないためには、科学を信奉するものといえども、体感的な愛情の交換に飢えていてはならないのではないかとも思う。HAL9000の過ちを避けねばならない。

とにかく難しいのだけれども、もう少しゆっくりと考えてみたい。
[PR]
by antonin | 2009-01-28 22:54 | Trackback | Comments(10)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/10265585
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by NAF at 2009-01-31 02:24 x
私はもーちっとドライに考えられるようになりたいと
常々考えております。ぐふっ。

ところで、懲りずにブログを明日から再開することに
しました。ここのように高度かつ難解な記事は
絶対書けませんが、気分転換がてら見に来ていただけると
嬉しいです。
Commented by fazero at 2009-02-01 01:40 x
NAFまぱ ぶろぐ おせーてー
Commented by antonin at 2009-02-01 23:45
>なふん

ども。復活おめでとうございます。
「私はもーちっとドライに考えられるようになりたいと」
えーっ。コクがあるのにキレがある、スーパードライ・キャラで定評のあるNAFがこれ以上ドライになってどうしようというのでしょうか。

>fazero

NAFの名前のところをクリック!
Commented by fazero at 2009-02-02 04:43 x
くりく しまひた でてきた あいがとー ^^
Commented by antonin at 2009-02-02 23:39
うぇーっす。
Commented by NAF@スーパードライ? at 2009-02-03 01:59 x
え?わたくしはスーパードライだったのですか???
今初めて知りました!!!

どえええええぇえぇえぇ〜〜〜〜〜!?
Commented by oki_mo at 2009-02-03 19:36
>なふ 
え?そんなに驚くこと?(^▽^)
Commented by antonin at 2009-02-04 01:39
>NAF

ナイス・ボケ!!
(まぁ、「思うところ」はいろいろとございましょうが、それはそれとして、そういうことで)

>おきちゅー

あ、「スーパー・ドライ」じゃなくて「ウルトラ・ドライ」だったんだよ、きっと。
Commented by NAF at 2009-02-04 01:51 x
・・・・・・・。

明日、業務内容として社長と上司に報告しておきます@ウルトラドライ
Commented by antonin at 2009-02-04 02:26
あ、ちょっと、それは勘弁を・・・

って、うちの社長じゃないんですね。じゃあいいか。
<< 冬の落葉樹 良い本というのはあるもので >>


お気に入りブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル