安敦誌


つまらない話など
by antonin
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出る杭について

劣等感というのは程度が小さいと嫉みになるが、度を超すと爽快感に変わる。不思議なものだ。その感情を、尊敬と呼ぶのだろう。

努力が中途半端な人が、自分が努力するにあたってのストレスから、努力の足りない他人を見て当り散らすのは見ていて気分が悪い。その一方で、想像を絶する努力の果てに天才的な成果を上げている人が、努力するのは当たり前だと言っているのを見ると、気分が良い。そういうものだろう。

いくら立派なことを言う人がいても、その人の行いが立派でないならば、その人の言うことは信用されない。こういうことは論語にも書いてあるし、タルムードにも書いてあるらしいから、時代や洋の東西を問わず、成功している人々には共通した認識なのだろう。ただ、それだけでは「使えない」人にとって救いが無いから、使えない人もそれなりに生きられるような健全な言い訳が必要になる、というだけの話だ。「使える」人には使える人の論理があってしかるべきだ。上座部と大乗の教えは必ずしも整合しないのだけれども、それぞれに真理がある。

私は「使えない」側の人間なので大乗の教えを愛するし、同じような人々に対してこの教えに相当する現代的な思想が広まることを願っているけれども、現実には努力だけが人間社会を進歩させる。そしてそういう人々には克己心を支えるだけの自信が必要になる。その自信の基になるのは、その人の周囲にいる、努力して成功した人たちだ。努力できない人間はその中で潰れていくが、努力できる人間はより高いステージを求めるべきで、努力しない人間は遠ざけるべきだ。ただ、努力しない人間を厳しく責めてはいけない。優しく遠ざけなければ、恨みによって足を引っ張られるだろう。

世の中には間違った努力をする人がいて、そういう人は成功しない。そういう人に限って、努力の方向を無視して努力そのものを称揚する。こういう人は迷惑だ。そういう間違ったやり方によって、日本は戦争に負けてしまった。だからといって、努力すること自体は悪いことではない。大事なのは、その目的を明確にすることだ。その目的とは自己の幸福を目指すことなのだけれども、努力の結果として成功に至ることで幸福を獲得する人もいれば、「努力」をしなくても幸福になればいいんだと思うように努力することで幸福を獲得する人もいる。どちらが自分に向いているのかということは、自分自身が知っているはずだ。

T-twoface氏の話にSさんという人物が出てくるが、これが一瞬自分を指しているようにも読めた。しかし、これは私ではないだろう。過去の記事に人物略号辞典のような回があったが、調べるまでもない。私はT-twoface氏の友人ではないし、彼もまた私の友人ではない。それに、研究生というものを誤解もしていない。2度目に通った大学で、実際に研究生のいる研究室に在籍していたし、自分自身も聴講生の身分でいいから絶対にこの大学に入れてくれと言ってねじ込み、結果として学部に編入した経験があるから、そのあたりの事情は把握している。

ある討論会で受付の人物がT-twoface氏を司会役に任命したことについて、受付の人が研究生の身分を誤解していたに違いないという文章を見かけたことがあるが、そうではないだろう。事実、生物学と物理学と数学の知識を横断的に理解できている人物というのは、学術会といえどもそう多くは無いだろう。だから、そういう人を求める場では人物の肩書きを云々している余裕は無い。実力を見抜いた上でそういう役回りが割り当てられたと考えることもできるだろう。理論の世界では、経験年数や年齢と実力が必ずしも相関しないということを、多くの人が体験的に理解している。だから、状況によって肩書きを重視しないことは必ずしも失礼にはあたらない、という認識が共有されている場というものがある。

そういう具合なので、能力的に自分が出るべきだと信じられる場面では、積極的に前へ出て行くようにするといいだろう。能力のある人間は、そういう人間を近くに置きたいと思うもので、すると自然と導かれるように適切な場に引き寄せられていくだろう。その結果が国内の大学であってもかまわないし、海外の大学であってもかまわない。国内にいても、能力の高い人間はある程度の段階で必ず留学の機会があるのだし、問題は無いだろう。

今読んでいる本に、こういう文章が出てくる。
「一人の才能が土を割って目を出し、世に出てゆくには、多数の蔭の後援者が要るものなのだ。ところが才能とは光のようなものだな。ぼっと光っているのが目あきの目には見えるものだ。見えた以上なんとかしてやらなくちゃ、という気持がまわりにおこって、手のあるものは手を貸し、金のあるものは金を出して、その才能を世の中へ押し出してゆく」

私は何も持たないので何も出せないが、なんとなく光を見ているような気がしている。

また一方で、こういう文章もある。
「能力」
というものだけでは、世の中はまわらない。それが、江戸封建制というものであった。武士は門閥や身分制の上にあぐらをかき、商人は株仲間という特権の上で安住して、関心と精力の多くを、武士なら組頭の気うけをよくし、特権商人なら役人との関係を円滑にするという社交についやしてきた。
このように品よくおさまった秩序社会にあってめざましく能力を発揮するというのは、それじたいが下品な印象をうけ、いかがわしく思われ、出る杭は打たれるという当時の諺が示すように、結局は自滅することが多い。

結局のところ洋の東西は問わないと思うのだけれども、実力を重視せざるを得ない組織と、秩序を重視せざるを得ない組織というものがある。日本には後者に属する組織が多数ひしめいているのだけれども、実力のある人は躊躇することなく実力重視の組織を目指して転籍していくといいように思う。それがお互いにとっての幸福につながるのだから。

--
追記(2009/2/11):
応答あり。

皆殺しの天使 : 人の一番きれいなところは、その人の脆い場所だと思う

つまり、なんというか、fromdusktildawn氏みたいに、お前が言おうとしている議論のレベルは俺はとうの昔に過ぎているんだよウゼー、的な反応を見せず、「優しく遠ざけなければ、恨みによって足を引っ張られるだろう」なんてことは言われるまでもなく理解しているということを、そう言うのではなく実際にやって見せることで何より雄弁に語っている。(笑)

なんだなぁ、やっぱりこういう人にはかなわねぇなぁ。
蔭ながら応援していきたい。
--
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by antonin | 2009-02-07 22:28 | Trackback | Comments(5)
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Commented by fazero at 2009-02-09 15:41
なるほどー めもめも
Commented by 通りすがり at 2009-02-09 16:39 x
はじめまして。

「一人の才能が土を割って目を出し、世に出てゆくには、多数の蔭の後援者が...」

どきっとしました。良かったら、書名を教えてもらえませんか。
Commented by antonin at 2009-02-09 22:29
>通りすがり様

「良かったら、書名を教えてもらえませんか」

失礼しました。私が直接読んだのは、PHP文庫の「人間というもの」という本ですが、この本は司馬遼太郎さんの小説や随筆や対談集から横断的に、特に人間に関して深い洞察がなされた文章を集めたものです。上記の文については「北斗の人」という小説から、「出る杭は打たれる」云々の文章は「菜の花の沖」という小説からの引用となっています。
Commented by 通りすがり at 2009-02-11 00:06 x
ありがとうございます。司馬遼太郎さんでしたか。

数年前だったら「一人の才能が...」は軽く読み飛ばしてしまっていたでしょう。歳をとってしまったのかな(笑)
Commented by antonin at 2009-02-11 01:01
>通りすがり様

こちらこそありがとうございます。
歳をとるのは素敵なこと♪
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