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安敦誌


つまらない話など
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ある貴婦人の話

夫に随行して5ヶ月。私はこの国を気に入りつつあった。気候はやや蒸し暑いところがあるものの、住宅の近くには適度に木々が茂り、窓越しに部屋を吹き抜ける風は涼しかった。下層の民は不潔で醜い身なりをしていたが、この屋敷を取り仕切る上層階級との接し方は立場をわきまえたものであり、暴力的なところも不品行なところもなく、生活は快適だった。上層階級の人々はそれなりの教養を備えていた。その教養とは、彼らなりの文化と歴史に関するもので、その多くは奇妙なものであったが、それでもその考えのいくつかは、私に感銘を与えるようなものでさえあった。

この地の食材は豊富で、調理法もまた多様だった。口にするのも恐ろしいようなものも多かったが、それでも口に合う料理はとても上質のものだった。この屋敷の調理人は賢く、私がこの地に来るとすぐさま私の好みを覚えた。また私が飽きてしまわないように、少しずつ慣らすようにして味覚の幅を広げるという芸さえ持っていた。その頃では私は幅広いレパートリーから食事を選ぶことを楽めるようになっていたし、その中にはこの地に渡った当初に思わず吐き出してしまった料理も含まれていた。

そうした異国での生活を楽しんでいたある日、夫が旅行に出ることになった。それまで暮らしていた港湾都市を離れ、川沿いに内陸へ入った小さな郷里で当地の領主と産品の独占売買契約を結ぶのだという。そのような仕事は通常、夫の部下が取り仕切っていたが、夫はこの地へ旅することをことさら重視している様子だった。責任ある立場の人間を直接迎えることを、確かにこの地の人々は喜ぶのだけれども、どうやら理由はそれだけではない様子だった。例の調理人が、私にこっそりと告げた。かの地には、世にも珍しい食材が存するのだという。

夫は私がこの屋敷に残ることを希望したが、私は意地悪半分に、屋敷の中だけでは退屈だから旅行に同行したいと願い出た。もちろん私はこの屋敷での生活にじゅうぶん満足していたのだけれど、夫だけが世にも珍しい食材を味わうということが許せなかった。夫は、奥地には危険な病気がはびこっているから、などといろいろな理由を挙げては私をこの港湾都市に留め置こうとしたけれども、私がなんとしても譲らないということを察すると、しぶしぶ同行を認めた。このとき、私はただ単純に未知の土地への旅を楽しみにして喜んでいた。


川を遡上する船内は決して広くなかったが、気候の落ち着いた季節だったこともあり、1週間にわたる船上生活はさほど不快なものではなかった。単調な食事にはやや辟易したものの、移り行く景色は美しかった。郷里の入り口に達すると、大歓待という程ではないにせよ、温かい出迎えを受けた。その一行の中に、美しい頬と聡明そうな瞳を持った娘がいた。紀行文にも書かれていないような奇妙ないでたちの村民の中にあって、彼女の纏う服はひときわ美しかった。その色は繊細で、その布は幾重にも重ねられていた。そして驚くことに、この娘は私たちの言葉を解した。発音は褒められたものではなかったが、品の良い言葉遣いを知っていた。よく教育された娘だった。

郷里に着くと、土壁の屋敷に案内された。港湾都市の屋敷とは比べるべくもないが、それでも室内は清潔に保たれており、場所柄を考えれば優れて快適な屋敷だった。夫はすぐさま領主と契約の話に入ったが、私はただひたすらに、この場違いなほどに洗練された可憐な娘との会話に没頭した。娘の教養は田舎のものを大きく越える程度ではなかったが、しかしその生来の聡明さと、どこで身に着けたものやら、その柔らかい語り口によって、王女のような品格すら漂わせていた。そして、彼女が両親や親類に大切に育てられ、家族と兄弟姉妹をこよなく愛しているということを知った。私はこの娘が住むというただその一点だけで、この国を大いに気に入ってしまった。

そして、予定されていた4日間の滞在期間が風のように過ぎていった。川を下り街へと帰るのを翌日に控えた夜、私たちはいよいよ、世にも珍しいという、この地の名物料理を味わう手はずになっていた。私は料理のことなど忘れていたが、夫は心なしか顔を紅潮させているようだった。私はこれが最後になるかと思うとわずかな時間も惜しくなり、あの高貴な娘との会話を楽しもうとしていた。すると娘は、思いつめたような笑顔で私の目を見上げた。

もうすぐお別れね。名残惜しいわ。あなたのような立派な娘なら、どこへ出てもおかしくないわ。港の屋敷へ遊びに来ないかしら。なんなら私の国へもご招待するわ。あなたなら、きっと社交界の人気者になれるわ。私は一人でそんなことを話し続けていた。娘は思いつめたような笑顔のまま、私の話を静かに聞いていた。あなた、悲しいの? そんな顔をしないで。またすぐにでも会えるわ。私はあなたが大好きよ。そこまで聞き終えてから、娘は静かに語り始めた。その張り詰めた笑顔を、私は一生忘れることができない。

奥様。奥様とお話できましたこの日々は、とても楽しいものでございました。私の生涯でこのような幸せが訪れたことに、感謝が尽きません。そして奥様のような方のために私の生涯があったことを、大変光栄に存じます。私は両親の寵愛を一身に受けて育てられてまいりました。私には兄弟姉妹が多くありますが、その誰よりも愛されて育てられてまいりました。そして、その一身を、父と母と、兄と弟と、姉と妹と、そして郷里の皆様に、そして誰よりも、ご主人様と奥様のために捧げられることに、わが身がこの世に生まれたことの本当の意義を感じております。ありがとうございました。

娘はそう述べたのだけれど、私には何のことか理解できなかった。あなたはいったい何を言っているの? 私の間の抜けた質問に、娘は張り詰めた笑顔に困ったような表情を加えて、私にそっと語りかけた。この村で一番の調理人が、今夜私の肉を使って晩餐を供します。この国広しといえども、このような珍味を供するのはこの郷里のみにございます。娘はそう答えた。張りのある娘の頬、美しく伸びた首筋、柔らかいデコルテ、腰から膝にかけての豊満な曲線。それをこの娘自身が「肉」と呼んだ。私は次第に床が揺れるようなめまいを感じていた。視野が狭まるのを感じていた。息が苦しくなるのを感じていた。私は無意識に娘を突き放し、床に倒れこんだ。

しばらくして、娘が私を心配そうに覗き込みながら、優しく私の背をさすっていることに気付いた。悪い冗談にも程があります。そういうことを私はおそらく恐ろしい顔をして言った。娘が申し訳なさそうな顔をしているが、次第にそれが冗談などではないことに気付いた。そんな野蛮があってはいけない。私が今すぐあなたを救い出して私の養女にします。今すぐ支度をなさい。私はそうしたことを矢継ぎ早に言い立てたが、私がそう言えば言うほど、娘の表情に悲しみの色が増していった。

私の興奮が少し去ると、娘は訥々と語り始めた。私には、私と同じように育てられ、私と同じような定めを与えられた叔母がおりました。若い頃の叔母は私よりも美しく、私よりも賢く、祖父の自慢の娘でした。そしてその祖父が、国のお役人様を迎えて一世一代の宴席を開いた夜、叔母は肉となり、肉となった叔母もまた、ここ幾世で一番の逸品であるとの誉れをいただきました。そのお役人様のご配慮により私の家は豊かになり、私の郷里は豊かになりました。最も愛する娘を差し出して郷里に繁栄をもたらした祖父を、郷里の誰もが尊敬するようになりました。

私は叔母ほど優れた娘ではございませんが、私の家と、父母と、兄弟姉妹の糧となるために今日までこのように手厚く育てられてきたことを幸せに思っています。どうか、わが父の一世一代の宴席を受けていただけませんでしょうか。私の愛する父に栄誉をお授けください。そして、それが私の生きた証なのでございます。

私は気が狂いそうだった。その聡明な娘が肉になるということが信じられないのは当然として、この娘がそのことに一片の疑問を持っていないばかりか誉れさえ感じているということに、底のない闇に落とされた気分になった。私は泣きながら娘に訴えた。私の養女になりなさい。それでもあなたの家族の名誉は守られるから。しかしあなたを肉にしたら、私たちは絶対にそれを許さない。

娘は、相変わらず張り詰めた笑顔を私に向けながら答えた。私は、一粒の杏でございます。杏を食して野蛮と嘆く人がございましょうか。杏にとっての幸せは、木が枝を広げ、種が広められ、多くの芽を出すことでございます。そのために、実を食われて嘆く杏はございません。実を食わんとして木を育て増やす者があれば、それこそが本望なのです。嘆くべきは、食する者もないままに打ち捨てられる杏でございます。私は父のため家族のため郷里のため、この身を捧げるべく生まれてまいりましたが、この身を奥様のような方に召し上がっていただけるのでしたら、私はなおいっそう幸せです。どうか、悲しまずに楽しんでくださいませ。私からのお願いでございます。

私は何も言い返すことができずに泣いた。娘の境遇に泣いているのか、神のない国の惨めさに泣いているのか、私が口にしてきた料理の来しかたを思って泣いているのか、わからなかった。ただ泣き果てて、娘のもとを去り、夫に珍味による晩餐は辞退するようにと懇願した。その晩は、それまでの晩と似た食事が並べられた。領主は始終困惑した表情を見せており、夫はどことなく不満そうな顔をしていた。私は、食事がのどを通らなかった。あの娘も同席していたが、どうしてもその顔を見ることができなかった。

翌朝、夫は契約がつつがなく成立したことを再確認し、私たち夫婦は船着場へ向かった。夫は特に何も言わなかったが、わざわざこの僻地まで足を運びながら、世にも珍しい滋味を味わえなかったことへの不満が、その表情にありありと伺えた。船着場に近い小屋に、いつにも増して美しく着飾ったあの娘が見送りに来ていた。小屋の中は薄暗く、娘の表情は定かでなかったが、微動だにせず物悲しそうに見えた。私は申し訳なく思ったが、といって娘を食らう悪魔になることなどできなかった。もう涙も枯れたのか、泣くことも無く手を振りながら私は船に乗り込んだ。それきり、あの娘に会うことも、あの郷里の話を聞くことも無かった。


1年の滞在期間が終わり、私たち夫婦は帰国の途に就いた。帰国後、私は思うところあって女子修道院に通った。修道女とは直接会話を交わすことはできなかったが、修道院の院長に異国で出会った娘の話を告白し、さまざまに助言を受けた。肉食を廃し、菜食を心掛けよ、果実は人の食物として神が授けた賜物である、という訓話を受けた。しかし、あの娘が一粒の杏であると語った言葉がどうしても頭を離れなかった。私は肉食を断ったが、次第に果物も野菜も食べることができなくなった。

そしてある冬の日、私は家を捨てた。修道女になったのではない。私は乞食になった。私はとうとう、私のために命を奪われた如何なるものも口にすることができなくなった。そして、人間のために食物となりながら、飽食のために食い残されて捨てられる残飯を拾い、それを食べることで命をつなぐようになった。肉でも野菜でも、魚でも果物でも、食卓に並べられながら打ち捨てられる命が惜しいと思うようになった。人々は私が発狂したといって忌み避けるようになった。修道院長もまたその一人であった。夫からは当然に離縁された。

いったい何者が私に乞食として生きる運命を授けたのか、それはわからなかった。ただ、あの娘の柔らかい言葉と澄んだ瞳だけが、いつまでも私の心を締め付け、そしていつまでも私の心を和らげ続けた。
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by antonin | 2009-02-17 23:10 | Trackback | Comments(4)
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Commented by NAF at 2009-02-18 01:35 x
私がこのご婦人だったらどうするか、正直分からない・・・

とにもかくにも、このご婦人は自身のエゴを通しきったことだけは分かった。

>いったい何者が私に乞食として生きる運命を授けたのか

ご婦人のエゴと弱さかと。
(でも、もし私がこのご婦人だったらきっと同じ気も・・・)
Commented by antonin at 2009-02-19 01:20
>なふん

コメントありがとうございます。

もともとこの話を思いついたのは、あるベジタリアンが、動物は全て生きようとしているのだから食べてはダメだけど、リンゴはもともと食べられるためにあるのだから食べてもいいんだ、ということを書いていたのになんだか嫌な感じがしたのが発端でした。

その理屈なら、食われるのが前提で大量の卵を産む魚はどうなんだ、食用として品種改良され、飼育されなければ絶滅してしまう豚はどうなんだ、という風に考えて、じゃあ食べられることを前提として育てられ、食べられることを望む人間がいたらそれを食うのか、というところまで行き着いてしまったのがこの話です。

でもそれぞれの人物を描いているうちに、自分でも何が正しいんだかわからなくなってきました。

で、このネタでもう一発皮肉系の話を書いてみました。今度はしっかり当て擦りの皮肉になっています。
Commented by NAF at 2009-02-19 01:56 x
え?これって引用じゃなく、創作だったのですか!!!
その構成力のすごさに驚きました。

>あなたには、愛する人の肉を食べられるほどに強い思いやりの心がありますか?

正直に言えば、無いです。
だからこそ、それが最近の(自分の)テーマの一つとなってます。
Commented by antonin at 2009-02-21 03:06
はい。創作です。でもまぁ、元ネタはいくつかありますし、似たような話は既に書かれているかもしれません。

安敦誌 : 誰の肉を食べるのか
http://antonin.exblog.jp/9038270/

一応このあたりに発想の源流があります。
あと、

「あなたには、愛する人の肉を食べられるほどに強い思いやりの心がありますか?」

これって実在する某マナーアドバイザーへの当て擦り的皮肉ですので、「はい。あります」なんて言われてしまうと逆にこちらが困ってしまうのであります。

そんな感じで。
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