安敦誌


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東出愛子のビジネスマナー講座

こんにちは。東出愛子です。

これから皆様にビジネスマナーについてお話させていただきますが、その前に、マナーとはいったいなんなののでしょうか。ルールとはどう違うのでしょうか。日本でマナーというと、どうもお作法のような決まりごとを指すものと勘違いされていることが多いのですが、私の考えるマナーとは、ずばり言って「愛」です。私の名前は愛子と書いて「まなこ」と読みますが、私はこの名前をとても大切にしています。これはマナーとはつまり愛であるということを、両親が私の名前に刻み込んでくれたものであると考えています。このような名前を授けてくれた両親には大変感謝しています。

なぜ日本ではこのような勘違いが広まってしまったのかというと、マナーが「格式」と混同されてしまったのが原因ではないかと考えています。「格式にのっとった」ですとか、「格式高い」などと申しますが、この格式というものは、「律令格式」という、国の定めたルールの一部を指しています。律は刑法などの法律を指し、令は行政令などの規則を指します。そして、格は令を部分的に修正する個別例外的な規則を指し、式は令や格を補助する細則となっています。

しかし、政治が「まつりごと」と呼ばれていた平安以前の時代には、天皇が執り行う宗教行事なども、格や式によって事細かに決め事が整えられていました。この宗教行事の執り行い方としての格式が武家社会に伝わると、法度(はっと)という形に変わり、生活面での細かい規則となって一般家庭にも広まっていきました。このように、形式的に定められた格式の印象が強く残っているため、日本ではマナーが形式的なものとしてとらえられてしまうのかもしれません。

しかし、私の考える本当のビジネスマナーとは、相手の立場を思いやり、相手の心を思いやる心を指します。形ばかりの決め事を守ることがマナーなのではなく、つねに目の前にいる人の心を思いやる気持ち、つまり愛こそがマナーの本質であると考えます。

今日は、ビジネスマナーの失敗例として、古い悲話をご紹介しましょう。まずは下のリンク先にある物語をお読みください。

ある貴婦人の話

この古い物語の主人公となっている貴婦人は、ビジネスマナーのセンスが欠けているとどのような悲劇が生じてしまうのかを理解するための、大変優れた「反面教師」としてのケーススタディになっています。それでは、彼女には一体何が足りなかったのかを、ご説明いたしましょう。

まず、このご婦人は最初の間違いを犯します。つまり、経営者である夫のビジネス目的の出張に、世にも珍しい食材が目的なのではないかと詮索し、ビジネス目的ではない同行を強要します。これが、経営者の立場を思いやることのできなかった、第一の間違いです。結局この目的地には「食材」が実在したのですが、そのことはご婦人が同行すべきであったという判断には決してつながりません。この時点でご婦人が夫の気持ちに思いやり、自制心を働かせて主人のいない屋敷を守っていれば、そもそもこのような悲劇は起こらなかったのですから。

次に、このご婦人は出張先でも大きな間違いを犯します。それは、ビジネス目的で交渉先に乗り込み、困難な交渉をしている経営者である夫に全く関心を示さず、利害関係者である取引先のご家族とプライベートな話に熱中してしまっています。これでは、折角のビジネスチャンスに多くのリスクが生じてしまいます。取引先と家族ぐるみのお付き合いをさせていただくのは良いことですが、まずは礼節を尽くしてから、徐々に親しい関係を構築していくのが正しい進め方です。こちら側と先方様に共通のテーマである契約交渉に集中するという、出張の目的に配慮した心配りが必要でした。ここが、ご婦人の犯した第二の間違いです。

そしてご婦人は、三度目に最大の間違いを犯してしまいます。この交渉の最大の山場であり、取引先との長期的な関係にも重大な影響を与えないではおかない滞在最終日の晩餐で、このご婦人は先方のとっておきのおもてなしを感情的に断り、接待の場を台無しにしてしまったのです。この物語では、このご婦人のご主人様がもてなしを受ける客の立場ですので、多少のわがままは許されると思うかもしれません。しかし、親しみを込めて設けられた宴席を喜んでお受けすることは、取引先への最大のおもてなしにもなっているという、ビジネスマナーの基本を忘れてはなりません。

それなのにこのご婦人は、取引先の経営者に相当する領主様のご息女からの心のこもったおもてなしを、感情的に取り乱しながら拒絶してしまいました。この行為がいかに相手の気持ちを踏みにじるものであったかは、その後の晩餐の様子からも明らかでしょう。領主様、そのご息女、当地の調理人、そして客人であるご主人様に至るまで、出席したすべての人が気まずい思いをしてしまいました。幸い契約そのものは成立したようですが、これではその後の両者のお付き合いはとてもギクシャクしたものになってしまったのではないでしょうか。

ご婦人は、先方の勧めるお料理をしっかりと頂き、その貴重なもてなしに最大限の感謝を示し、そしてそれが永続的なビジネスにつながる、人と人の心を結ぶように振舞うべきだったのです。もちろん、人の肉を食べるということは形式的に考えれば正しいことではないかもしれません。しかし、郷に入りては郷に従えと言うとおり、土地が異なれば、異なる文化、異なる風習があります。そして、商習慣も各地各様です。ですから、この場面では先方の文化をよく理解し、先方の立場になって考え、そして何より、ご息女の気持ちを思いやる態度が必要だったのです。思いやりの気持ちがあれば、決してこのご婦人のような間違いを犯さなかったのではないかと考えます。

そして、ご婦人は最後の間違いを犯してしまいます。つまり、当地では正しい習慣も、その地を離れてしまえば必ずしも正しいとは限らないということに対する配慮が欠けていたのです。この出張先で勧められたおもてなしは当地では完全に正当なものであっても、ご婦人の母国ではそうではありません。ですから、このことを母国に帰ってから他人に話してしまったのは、重大なマナー違反です。そしてご息女の語るとおり、この特別なおもてなしは数十年に一度しか提供できないものなのですから、同じようなもてなしを期待する人が大挙して押し寄せたりしないように、このおもてなしについてはそっと胸にしまっておくべきだったのです。そしてそのご恩は、継続的な信頼関係を維持することで先方に報いるべきだったのです。

この物語から得られる教訓は、市場がグローバル化し、こちらの常識が必ずしも先方の常識と相容れないようなことがしばしば起こる現代にあっても、大変に参考になるのではないでしょうか。決まりきった形だけの格式は文化が変わってしまえば通用しなくなりますが、相手の心を思いやる気持ちに根差したマナーは、いつどのような場合でも必ず通じると私は信じています。そのような思いやりの心がビジネスマナーの本質であり、それはいつの世でもビジネスにとって最大の武器になるのです。

あなたには、愛する人の肉を食べられるほどに強い思いやりの心がありますか?
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by antonin | 2009-02-19 00:56 | Trackback | Comments(0)
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