安敦誌


つまらない話など
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父老いる

最初、「丁字路」と「T字路」という言葉の間に横たわる微妙な関係について書こうと考えていたのだけれども、すでに思うところがすっきりと書き尽くされていたので省略する。

風花の花屋便り: 丁字路かT字路か

参考:「ことばの散歩道」より「英語のスペリングはなぜ難しいか?

--

先日実家に帰ったら、父が老けていた。どうも、自分の頭の中で父と老人のイメージが重ならない。が、現実として老いた父がそこに居るわけで、どうしたものか。68歳。喫煙歴などからしても、そろそろいつ死んでも不思議ではないわけで、その事実に気持ちの整理が付かない。どうしたものか。自分が死ぬことについては若いときからさまざま考えてきたが、人の死に思いやる機会の少ないままここまで来てしまったツケかもしれない。親の死が無様であるというのは、自分の死が無様であるよりはるかに辛いことである。

で、自分自身がまだヨチヨチ歩きであったり、今のムスコ1号と同じくらいの年頃で阿波踊りを踊らされて照れくさがっている映像などを見ている。他人が見ればひどく退屈な映像なのだろうが、自分にとっては飽きることなく10分程度見てしまう貴重な映像になる。愛情を受けて育ててもらったことに感謝しているのだが、それをどのように表現していいのかわからないというのは困ったものだ。他人の面倒はある程度避けて通れるが、身内の面倒というのは、いつかはどうにも避けようがないところにブチ当たるのであって、何とかしなければならない。

んー。
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by antonin | 2009-04-28 00:41 | Trackback | Comments(0)
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