安敦誌


つまらない話など
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パソコンってやぼそうだよね。

パソコンってやばそうだよね。 - Chikirinの日記

上の話、技術系の、特に情報系の人にとっては、もはや耳にタコができ始めた話だと思う。けれども、次の部分は真実を捉えていると思う。
違う言葉で言えば「一般消費財化しつつあったパソコン」という商品は“終わり”かなと。

ただ一方で、「一般消費財化しつつあったパソコン」という商品は、案外に永続するんじゃないかな、という気もしている。

パソコンが普及する以前の世界はどうだったかというと、一般市場に普及していた会計計算機械としては、電子卓上計算機、つまり電卓が利用されていた。一方、巨大な統計データや科学技術データを処理する、政府や大企業の命を帯びた巨大な計算機として、大型汎用計算機が存在していた。その大型汎用計算機が徐々に小型化と同時に廉価化を起こしながら、ミニコン、オフコン、パーソナルワークステーションへと変化し、最終的にパソコンになった。

また、パソコンの普及率が爆発的に増大するにしたがって、電卓はパソコンの一アプリケーションへと変化していった。こうして計算機の二極はパソコンという場所で合流したのだけれども、この小型化と高性能化の波は、ホイヘンスの原理よろしく、今後もまだ進行していくらしいということがわかる。小型化の流れはスマートフォンや一般の携帯電話へと引き継がれ、最終的には何か他の持ち物の一機能にまで達するだろうと思う。また一方では、個人が所有する汎用計算能力も高性能化を進め、いずれはテレビや固定電話のように、住宅の一部としての計算能力、あるいは電気や水道のようなインフラ資源としての計算能力にまで発展していくのだろうと思う。

ちょっと動画編集でもしてみれば、現在の高性能パソコンの計算能力が、まだまだ未熟なことに気付くだろう。大型汎用機だってスーパーコンピュータなりクラスター計算機なりに「アップサイジング」の道があったのだし、パソコンにそれが起こらないという道理はない。けれども、現在のパソコン程度の汎用性と計算能力というのは、案外に使い勝手が良い。今の隆盛に比べれば今後の落ち込みは避けられないのだろうが、実は見方を変えればこれからも成長産業として生き残る道もあるのだと思う。

実は、電卓も大型汎用計算機も、地味ではあるがホソボソどころではなく大活躍しているという事実がある。

IBM System z - Japan

大企業のように、ある程度は中央集権的な処理をせざるを得ない組織というものがあり、そういう場で使われるソフトウェアに対しては、今でも大型汎用機の使い勝手が良いらしい。そして、残存者利益を稼いでいるのが、上記のようなシステムらしい。1円入札で世間を騒がせたN社やF社は、今頃どうしているのだろう。

そして、電卓。

電卓販売台数 世界累計10億台を達成 - 2007年 - ニュースリリース - CASIO

このページの情報を見ると、CASIO単独の資料ではあるけれども、1965年の電卓販売開始から15年後の1980年に販売1億台を達成しているのに対し、その26年後の2006年には販売10億台を達成している。つまり、電子製品市場に占める電卓の相対的な割合はある時期をピークに減少に転じたものの、絶対的な電卓市場としてはむしろ、その後も成長を続けているということになる。この、相対的には縮小するが、絶対的にはまだ伸びるという商品は、実は日本が得意とする商品に多数存在しているような気がする。

つまり、国内で競争している場合ではないが、一村一品ならぬ一社一品運動を展開すれば、余裕で世界一を狙える専業メーカーが日本には多数あるのだと思う。そのような策をとれば、今後も日本は「市場残存者利益」だけで相当の稼ぎを続けることができるのではないかと思う。モータリゼーションは確かに起こったし、蒸気機関車は消えた。でも、ディーゼル機関車と電車は生き残った。在来線はかなり消えたけど、新幹線はむしろ規模を伸ばして、今も現役バリバリの交通機関だ。

これからレッドオーシャンになるような有望市場に漕ぎ出すのも威勢が良いが、レッドオーシャンのあとのブルーオーシャンがこれから目の前に広がってくるのだったら、そこを目指してみるのも悪くないのではないか。テープ式レコーダーが作れるのは今や日本だけ、であるとか、高信頼性真空管が作れるのは今や日本だけ、であるとか、はたまた高信頼性ノートパソコンが作れるのは今や日本だけ、となれば、それはそれで非常に競争力の高い製造業が成立するのではないかと思う。高信頼性レシプロエンジンが作れるのは、今や日本とドイツだけ、なんて30年後の世界は、考えただけでもワクワクする。

ドイツなどでは既にそうした「ニッチ・グローバル」を実現した企業が高収益体制を支えているらしく、BoschであるとかBASFであるとかいった「産業インフラ企業」が、自動車や半導体などの花形企業の浮き沈みを下支えしているという情報もある。こういった情報がほとんど広がらないというところを見ると、日本がアメリカの51番目の州であるという説を信じたくなってしまうが、もし本当に独立国家として今後もやっていく気があるのだとすれば、ユダヤ式グローバリズムだけではなく、120年ぶりに独仏英のスタイルを学んでみるのもいいように思う。

地域経済圏というと、円、元、ウォンの統一市場などと大風呂敷を広げたくなるけれども、実は円経済圏だけでも1億人を越える先進国生活者を抱え、一千万人規模の外国人労働者を養うだけの規模を持っている。一方、上流から下流まで、ありとあらゆる産業が、強弱の差こそあれ、くまなく存在している。この「円経済圏」のなかで、ドル、ユーロ、元との関係を勘案しながら、道州制といわずとも都道府県単位の政治的独立性を認め、同時に緩やかな経済的統制を図るという道で十分だと思う。まぁ、調べると大前研一さんの「平成維新」あたりと同じ結論で面白くないのだけれども。

ま、なんですよ、維新なんて話は横にのけとくとして、落ち目のパソコンだって、1社か2社の日本企業を養うには、十分な市場を今後も維持していくんじゃないかな、と。かつてのような産業の主役の座は降りても、終生「往年の大スター」として地方巡業で暮らせんじゃないかと。ヤボったくはあるけど、ヤバいって程でもないんじゃないかと。まぁ、そんなことを思いましたよ、っと。
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by antonin | 2009-06-04 22:35 | Trackback | Comments(0)
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