安敦誌


つまらない話など
by antonin
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相対主義の彼岸

会社を3日休んで、高野山へ上ってきた。というわけで、信仰を得た。別に神秘体験のようなものもなかったし、今も世界観は変わらない。けれども、なぜ人類には信仰があったのか、それを今では理解できるし、自分が信頼を置ける宗派も見つかった。浄土真宗あたりに流れるかと思ったけれども、結局真言宗に落ち着いた。

これは別に何宗でも構わないし、神道でも構わない。キリスト教でも構わないし、イスラム教でも構わない。しかし、自分が成長する過程で心に沁みこんでいた物語は、キリスト教でも明治神道でもなく、日本的な大乗仏教だった。それでなぜ真言宗だったかというと、それはたまたま祖母の葬儀が真言宗の寺で営まれ、たまたま真言宗の解説書が実家にあったから。ただ、それだけ。違和感がなければなんでもいいのだけれども、それがたまたま真言宗だったというだけだ。

これからは、心置きなく信仰を持つことができる。なおかつ、これは科学的信念と、一切相反するものではないということも納得できた。このあたりを書き始めると長くなるので機会を改めるけれども、とにかくデカルト的に信仰を獲得できた。これで、阿弥陀如来と観音菩薩と大日如来と弘法大師が味方に付いたことになる。

現実世界の人間は、いつでも頼りになるわけではない。親というものは、子供の問題をほとんど全て受け止め、そしてそれを解決し、子供の心を満たすことができる。しかし、大人の問題を全て受け止め、そしてそれを解決し、大人の心を満たすことができるような偉大な人間はいない。しかし、神仏の慈悲は深淵無辺である。要するに、バーチャルで完璧な人格像を心の中に描き、それをいつも思い浮かべることができるように訓練を重ねることで、現実の厳しい場面で大人であってもその心を守ることができるようになる。心に安定さえ得られれば、現実には多くの問題を解決することができる。それでも解決できない問題とは、まぁ、どうしようもないのだと諦められる。

そういう理想像に、とりあえず弘法大師と観世音菩薩を置くことに決めた。これは、単に決断するだけに過ぎない。あとは仏を念じて、呼吸を整え、雑念を払い、恐れを取り除けば、万事うまくいく。少なくとも、人並みには生きられる。ときどき寺に参って、線香でも焚けばいい。ヤハウェでもなく、イエスでもなく、アマテラスでもなく観世音であるのは、単に「縁が深かった」からで、違和感が最も少ないからでしかない。これでも信仰であるということが、そしてそれが極めて重要なものであるということが、ようやくわかった。あとは、心身の訓練を習慣的に続け、認知行動療法的にパーソナリティ障害が障害とならないように努めていけばいい。

今の日本には胡散臭い宗教が多いが、宗教そのものは決して胡散臭いものではなかった。「武士道」にある、「宗教を持たずして、どうして道徳が守れるのか」という言葉の意味がようやくわかった。武士道も、その根本は禅にあり、神仏に依って無を知ることで人事の最善を尽くす方法のひとつに過ぎないということがわかった。

まぁ、そんな具合ですけれども、この歳でようやく大人になる権利を得たような気がしています。
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by antonin | 2009-06-15 22:53 | Trackback | Comments(9)
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Commented by fazero at 2009-06-17 20:01
あ こーやさん いて きた あるか
2へん いった こと あります
なつ の あつい さかり に、 やま に つくと、 さぶくて、 よる わ ふゆ・ぶとん で ねまひた
おてら に とまた けど、 ごはん もって きて くれた ぼんさん が、ちょーば で おきょー かいて はった。
もじ わ さんすくりっと らしー。
ほいで おきょー あげて もらうと、 これ が また さんすくりっと で、 えらい こーきう な ひびき でした (いうてる こと わ わからん かた けど;;)
それで うちとこ の そせん わ、 こーやさん から、 また みなみ に いった、 くまの に いて ました (あまし これ わ かんけー ないか、 あは)

Commented by NAF at 2009-06-17 20:24 x
なんか色々と繊細なご意見やお考えを述べられてますが、
とどのつまり、あんとはご出家なされたということでしょうか?笑

よくよく考えたら、カフェの面子で出家という
高尚なことが似合うのはあんとだけですね。
Commented by antonin at 2009-06-18 01:37
コメントありがとうございます。
GoogleのPageRankが3から2になって、ちょっとがっかりしているAntoninでございます。

>fazero

はじめて いたある

宿は当然宿坊。奥の院にある戦国大名のお墓を巡ってきたら、うちと同じ苗字&同じ家紋のお墓があったので、お参り&お掃除してきました。

ちなみにうちのご先祖は海を渡った徳島側でございます。うちも一応水軍の家系だし、阿波と紀伊は船なら近いから、ふぁぜろとは遠縁かもねぇ。

>なふん

えーっと、出家も少しは考えましたが、自分に甘い私には無理だと観念して、家出どまりとなりました。高尚というか、自我が弱いだけでございまする。南無大師遍照金剛ってことで、カイゼンを図ってまいる所存でござんす。

Commented by fazero at 2009-06-18 19:16
にゃはは。 これ かーちゃん の ほーの かけー なんやけど、かいぞく いうたら がいぶん わるい よって、 すいぐん ゆいなはれ と、 ゆわれて まふ ^^
Commented by antonin at 2009-06-21 23:59
基本、そうなんだろうけど、一応源平の合戦のときには源氏に付いたし、勝てば官軍なんだから水軍でいいんじゃなかろうか。代わりにというか、陸地を治めるのはめっぽう下手で、しょっちゅう反乱起こされてたらしいなぁ(笑)
Commented by fazero at 2009-06-22 15:25
あい、 りくち でわ さんぞく も ついでに、 しててん けど、 なんちおー がた やった ので、 まけて まい ました ;;
Commented by antonin at 2009-06-25 00:29
へぇぇ、山賊もやってたというのは初めて聞いたなぁ。
紀伊水道を通る商船を襲って港の家族に持って帰っていたんだと思ってた。
で、ちょっとやりすぎて岡山のほうからたまに桃太郎が来て懲らしめられたりするという。
Commented by fazero at 2009-06-25 15:47 x
^^ うみ から すぐ に、 やま なので、 くまの・もーで の えらいさん から おかね もろて、 がーど お してたのね^^
うみ も とーる ふね から、 つーこー・りおー お とってた ある。
やんごとなき びじん が のってると、 ひとじち に して、 おーがねもち の おや から、 みのしろ きん お もろてた あります。
そのうち くすのき・まさしげ が まけた ので、 おかやま に にげました;;
きびつ・じんじゃ の けーび・たいちおー が ともだち やった ので。
Commented by antonin at 2009-06-28 23:35
楠正成さんですかぁ。東で言うところの平将門さんみたいな感じですかね、感覚的には。熊野古道というのもありましたね、そういや。世界遺産とかなんかで。

大きい道は観光用に整備されたので、信仰の道としては小さいほうの道を通るといいですよ、というようなことをご住職に伺いました。いつの時代に埋められたのかもわからない石を踏んで、苦しみを共感するのが良いのかも。

フランスからスペインに向かう巡礼の道もあるらしく、まぁ人間ってのは古今東西、そう違うもんでもないんでしょうねぇ。
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