安敦誌


つまらない話など
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DNA-level conflict

これはまだ根拠のない仮説、というか、安敦誌は根拠のない直感に基づく妄想の集積体であっていまさら特に断りを入れることもないのだけれども、一応。

私は、きっと海洋民族の血が濃く流れているんだ。

明治以降の日本は、きっと稲作民族の文化が主体だったんだ。

だから、私は近現代の日本に対する言いようのない違和感が抑えきれないんだ。

という仮説。まぁ、私的な仮説なので世間一般的には別にどうでもいい話ではあるのだろうけれども。


稲作民族は、ムラ社会である。稲作は労働集約的な産業であり、その技法は先祖伝来のもので、変わらずに伝えられることにこそ大きな意味がある。その作業の結果が収穫として得られるのは年に一度のことであり、それまではひたすら伝承に従って作業を続けることでのみ、成果が得られる。しかも、年による天候の変化によって収穫が変動しようとも、それはあくまで偶然の作用によるものであり、翌年から大幅に農作業の方法を変えてしまっては、安定した収穫は望めない。つまり、数年先を見越し、目先の変化を無視して共同作業を続けることにこそ、最大の価値がある。継続こそ力である。

一方の海洋民族は、船に乗って港を出て、港に帰るまでにすべての成果が現れる。もちろん仲間同士の結びつきは強いが、それは船に乗る人員の規模を超えず、また共同作業の期間は一回の航海に要する時間を越えない。陸に上がったときは、網を直すなどしてダラダラと過ごせばいい。ただし、海へ出れば全ての判断が命に直結する結果となって即時に現れる。航海中の団結は表裏なく全ての情報を共有し、海、空、船の示すかすかな兆候も見逃さずに察知し、瞬時の判断を要する。ときには果断が必要だが、ときには諦めが肝心となる。船の上に転がるわずかな道具を使って思いつく限りの工夫を凝らせば、成果はすぐに得られる。新しい道具が漁の方法をまったく変えてしまう可能性すらある。アイデアは命である。


とまぁ、仮説なのだけれども、私は「天皇を中心とした神の国」にあっては、やはり辺縁の民族なのではないかという気がする。父も小学校で暴れて私立小学校を退学になった武勇伝を持つというから、この国での生きづらさは身に染みているのだろう。こういう違和感はもはや遺伝子レベルなのではないかと直感している。そういう多様性を認める日本に戻ってほしい、とは思うが、まぁどうでもいいや、というような感じでもある。
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by antonin | 2009-07-15 00:16 | Trackback | Comments(0)
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