安敦誌


つまらない話など
by antonin
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知人を持つ気苦労

私には友人が少ないが、知り合いは多い。あまりにも多すぎて、どうにも身動きが取れなくなることがある。そういうときに激しいフラストレーションが起こるのだけれども、これを理解してくれる人間は、どうやらいない。

どんな知り合いというか、具体的に知っている人間がいるだろうか。列挙したい。

小学1年のときの同級生。将来は総理大臣を目指すと豪語していたが、私が転校してしまったので今はどうなっているのか知らない。

小学2年のときの同級生。母子家庭で、よくうちに遊びに来ていた。うちの両親が共働きで私は鍵っ子だったので、よく一緒に遊んでいた。

中学1年のときの同級生。両親ともかなりの年齢になってからの子で、同年齢の中ではとりわけ厳格に育てられた人格者。その後は公務員で教師になった。鉄道好きが昂じて廃線の乗降所跡を購入したりしていた。典型的な保守派。

中学2年のときの同級生。母方の曽祖父が鳩山一郎元総理。社会の授業で「ゲリマンダー」や「ハトマンダー」といった単語が出てきたときには皆に冷やかされていた。部活の後輩からタメ口を利かれていたので笑ってやったら、単に年齢の違いだけで人間的な上下関係とするのはよくないというような意見を聞かされて感銘を受けた。今にして思えば、あれが「友愛」思想というやつだったのか。

中学3年のときの同級生。「人間革命」を愛読し、池田大作氏を心から尊敬していた。当時はそれが何を意味するのか私にはまったく理解できていなかったので、単に知的な人としてしか意識していなかった。その後創価大学に進学。成人して初めての選挙の際に「友人のお母さんが立候補するので投票して欲しい」という電話がかかってきた。あら頑張るねお母さん、と思っていたら「友人のお母さん」が実は浜四津 敏子氏で、ぶっちぎりのトップ当選だったので驚いた。

高校1年のときの同級生。代々建築技師の家系で、名前に「健」ではなく「建」の字が使われていた。部活は美術部だったが個人的にアマチュア無線の免許を持っていて、よく秩父の山に一緒に連れて行ってもらった。うちの高校から最も進学者数の多い私大に進み、JRの駅舎をメインとする建設会社に就職した。

高校2年のときの同級生。授業中に漫画雑誌を隠し読みする同級生が多い中で、JR時刻表を隠し読みする真正鉄ヲタ。数学と物理が偏差値80をしばしば叩きだすほど得意な一方で、英語に対しては興味ゼロ。うちの高校から最も進学者数の多い私大に特待生として入学し初年度の学費が免除されたが、初年度に語学の単位を落として留年。学生時代に電験一種に合格、JRの電力施設をメインとする設備会社に就職した。

高校3年のときの同級生。有機化学が異常に得意な、美術部員。授業中に「怪傑アントラセンマン」というマンガを回覧したりして化学選択の同級生たちを混乱に陥れていたが、本人は余裕の薬学部進学。当時マンガをまったく読まなかった私にマンガ洗脳作戦を実施。その際に読まされたのは「マカロニほうれん荘」と「八神くんの家庭の事情」だった。どういう選択基準だったのかはいまだにわからない。

部活の2級先輩。中学時代に顧問の先生に「先生の考え方はロジカルじゃない」と食って掛かったらしく、普段は生徒を褒めない先生に高評価を受ける。京都の某国立大に進学後、マイコンクラブでPC-9801版Linuxのメンテをしていたと言う噂を聞いた。その後は某大で博士号取得、半導体工学の講師に。

部活の2級先輩。強面で後輩たちに恐れられていたが、根が誠実すぎて暴走していたらしい。大学を出てからフィギュア制作会社を興し、社長になった。「原型師」という言葉をこの先輩からはじめて聞いた。

部活の1級先輩。PCといえばゲームくらいしか能がなかった我々に、秋葉原でハードウェアマニュアルを買って来てマシン語の勉強をしろと指導してくれた。能力が突出しすぎて大学でも社会でも適応障害を起こしていたらしいが、「いつでもいっしょ」のような組み込み系プログラミングに携わっていたらしい。「1週間部屋にこもってコーディングしたあと、人と話そうとしたら頭で思ったことが言葉になって出てこないので困った」みたいなことを言っていた。

部活の1級先輩。ジョーク好きなのだが、ひねりが利きすぎていて滅多に笑いを誘わないことで有名だった。朝2時間くらい早く登校して自習クラスに通い、現役で東大に進学。その後は都庁で公務員をしているという。

部活の1級後輩。坂本竜馬ファンだった。隣県の私大に入学するが仮面浪人で隣県の国立大に文転進学。その後は無料誌の広告営業をしていたが、思うような進路ではなかったようで、後日いろいろと怨み節を聞かされた。申し訳ない。

部活の1級後輩。中学に入ってきたときには、ニコリとも笑わず、ぼそぼそと最低限の言葉を発するだけのキャラだったが、高校を卒業するときにはよく笑ってくれるようになった。高校を出て家業を継いでからも、よく部活の合宿に差し入れをしてくれたりした。

部活の2級後輩。とにかく無線が大好き。好きというより、命懸けというような鬼気迫る没入ぶりだった。高1あたりで1アマを取得、その後数年にわたりクラブの黄金期を築いた。1浪で東大に進学し、学部卒で国家一種採用、郵政省(当時)の技官になる。

大学サークルの3級後輩。現ヨメ。辛酸なめ子さんの同級生。そういう世界もあるのか、というのを知る。

チャットルーム(パソコン通信)の常連。「文学」というものに対して偏見を抱くに至る原因を作ったクセの強い男たちが数人と、「コミケのアニメ批評文化」というものに対して偏見を抱くに至る原因を作ったクセの強い男たちが数人。強権主義と取材記事の杜撰さを眼前で見せ付けてくれる一方で、個人的にはあくまで誠実そうに見える大手新聞社の男たち。あと、「ヒノエンマーズ」という愉快な女たちが数人。異文化コミュニケーションの難しさを知る。

チャットルーム(パソコン通信)の常連。「~~の不自由な人たち」というものに対する偏見を改めるに至る原因を作ったキレモノがひとり。私は「アクセシビリティ」というものを日常特に気にすることはないが、一方で完全に忘れることもできない。

研究室の同期。修士組は、就職氷河期の入り口にあって並み居る大手企業の研究開発部門に順当に就職。国内向けに携帯電話端末を製造しているような企業のほとんどに対して、個別の人物像が思い浮かぶのはこの連中のおかげ。一方学士組は氷河期の洗礼をもろに浴び、「この大学の卒業生を迎えるのは初めて」という中小企業へ就職。一人はその後両親を手伝ってコンビニの店長になったという。

職場の同期。関連部署の同期は男ばかり8名ほどだったが、私も含めて全員が20代のうちに結婚した。そういう世界もあった。

統計的品質管理に関する研修。分野を横断した各種製造業から派遣された若手社員たち。ペアを組んだ製紙メーカーの社員がテーマに挙げていた「抄造」という工程を知って感心する。自動車メーカーや大手電機メーカーは、子会社を除くともはや社外研修を必要としないらしく、一切参加していなかった。

国家プロジェクトという税金仕事に関わるミーティング風景。国分寺の某企業研究所に設計、製造、実装の各分野からきわめて優秀な研究員が派遣されているが、いまひとつ緊張感に欠けるやりとり。親方日の丸の空気。

チャットルーム(インターネット)の常連。「カフェ・エキサイト」に閉じた活動をしていたが、それでもメンバーは驚くほど多様だった。早朝にチャットをしていると、前日昼に相当する北米や前日夜に相当するヨーロッパに在住する日本人が、日本語会話を求めてログインしていた。昼になると授業の合間に情報処理教室の端末からアクセスしていた学生もいたし、まだアクセス制限技法が確立していなかった職場から接続していた不良OLもいた。今で言うIT-Proというような人はほとんど居なかった。

チャットルーム(インターネット)の常連。いろいろなその後。結婚しない人。結婚できない人。子供をつくった人。子供をつくらなかった人。幸福な結婚生活を送っている人。苦しい結婚生活を送っている人。離婚して一人になった人。離婚して子育てしている人。それぞれに思い浮かぶ顔がある。

中小企業の職場。事業所が解散して親元に暮らして職を転々とする人。海外青年協力隊で小学校の教員をして保育士資格を持っているがプログラマになってみた人。生物系から情報系に流れてくる新人。定年後も残る人。1年で切られる人。個別案件受託。パッケージ開発。派遣と請負。

政治家。テレビのバラエティー番組でよく見かける人が、逆風に押されながらも町会の祭には皆勤賞で、選挙期間中には我が家の前でも辻説法をしていた。だからといって政策的に同調するわけではないし投票もしなかったが、一応逆風を跳ね返して一位当選していた理由は納得できる。万年野党の立候補者も、子供を遊ばせている公園の脇へやってきてマトモな演説をしていた。案の定落選したが、投票はしておいた。

宗教法人。祖母の葬儀を営んだ、いろいろな意味でダメな僧侶。一方でありがたい経典の中身。高野山の修行僧たちのよく訓練された読経。数え切れないほどに分裂した諸流派。近所にある創価学会と幸福の科学の支部とキリスト教教会。

異邦人たち。大久保のダイビングスクールを経営していた在日の人々。自宅から程近い通りに並び立つハングルの看板。子供たちの同級生の半数あまりは完全な日本人。あとは、日系企業の中国工場立ち上げに関わるやり手ビジネスマン中国人、細々と味のいい中華料理店を営む中国人、日本語がよくわからなくて学校からの連絡事項をよく取りこぼしてしまうフィリピン人のシングルマザー、顔も性格もいいのだが日本語には難儀しているインド人、きわめて教育熱心で私立学校の様子についてよく質問を投げかけてくる在日ではない本物の韓国人、といった人々の子供たち。ネパールから来てカレー店の宣伝にネットを使いたいと客に相談してくる女主人。市民祭りに参加して舞踊を見せたあとにちゃっかり中国共産党批判をしている法輪講の人々。

身内。成功した自営業。失敗した自営業。元タクシードライバーの自由業。専門職公務員で高給取り。地方公務員OBで公的施設長として天下り。信用金庫の窓口職員。アパレル店員を辞して国家二種を取得して刑務官を勤める傍らダイビングインストラクター資格を取得。音大を卒業後、日本を代表する稲作地帯に嫁いでピアノ教師。都内で家業を継いだ眼科の開業医。霊波の光と健康食品販売ネットワークに幸せを見出す母娘。

--

そういう具合であって、37年かかってあまりにも多様な人々を見てきてしまった。

ネット上ではいろいろな立場にある人が身近なコミュニティで主流になっていると思われる意見をそれぞれに発信してくるのだけれども、それぞれの立場に対して利害対立関係にある人々はまるで人格のない藁人形のように叩かれる。一方で、逆の立場の意見を聞くと確かにそちらにも十分な理がある。「高級官僚」でも「シングルマザー」でも「中国人」でもなんでもいいのだけれども、そのどれにも少なくとも一人くらいは直接言葉を交わした思い出のある個別具体的な顔が思い浮かんでしまう身としては、ときどきそういう論争に耐え切れなくなる。

パレスチナの少女が自爆テロをして、たまたま買い物に来ていたイスラエルの少女が爆発に巻き込まれて死ぬ。そういう光景は歴史的に見れば人類にとって避けがたい現実ではあるのだけれども、そのどちらの名前も顔も知っているというのでは、どうにもやりきれない気分になるだろう。

マスメディアの論調は当然に偏向しているが、ネット上の情報も同様に偏向している。つまりネット上の情報はプッシュ型ではなくプル型であるから、自分にとって快適な情報ばかりを選択的に集め、それに対して違和感を持たない人間同士で地理的制約を越えたコミュニティを形成することができる。地理的には制約を越えているが、主義主張としてはいくらでもタコツボ化できるのがここ10年ほどのネット環境の主流だから、ネット言論全体では決して偏向はしていないが、その中から偏向した意見を抽出して楽しめるような仕組みもネットには豊富に揃っている。

ときたま異文化コミュニティが接触して論争になることがあるが、感情的になって叫び続ける人と、早々に面倒になって立ち去る人に分かれ、各コミュニティが絶縁状態を回復することで論争はひとまず終結する。

もちろん自分自身を省みてもそういう傾向から逃れられているわけではないので偉そうなことを言えた義理ではないのだけれども、「全く立場の違う人との意思疎通」にまつわる技術について、日本人もそろそろ本格的に勉強を始めたほうがいいのかもしれない。

「ディベート」のトレーニングの中では、自分自身の実際の信条とは異なる立場に立って弁論する機会が求められる。これの目指すところは、「理屈と膏薬はどこにでも付く」ということを体感することと、「自分と異なる立場に立って現象を説明する」という訓練を通じて、「自分の信条を全く立場の異なる人に伝える」ような技術を身に着けるということなのだろう。

日本人同士でも阿吽の呼吸がなかなか通じなくなった現代であるから、もう諦めて欧米式のディベート教育を本格的に導入するしかないのではないか、という気がしてくる。自分自身がいまさらそれを身に着けられるのかというと大いに怪しいと言うしかないが、衣食足りて礼節を知るような状況にあれば、ちょっとはそういう態度を心掛けてみようとは思う。
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by antonin | 2009-11-21 15:45 | Trackback | Comments(5)
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Commented by fazero at 2009-11-22 13:24
うやー
よみごたえ が あたある
ほんま に みな どない してるんやろな と おもーまふ
こないだ ひさしぶり に おーた ともだち に、
「おまー の あほ わ ちっとも なおって へん や ないか」
て ゆわれて おちこみ まひた ;
Commented by antonin at 2009-11-22 18:03
いやいや。
馬鹿より賢いほうがいいけど、利口よりアホのほうがいいでしょう。
心配ありません。
Commented by fazero at 2009-11-23 13:43
あいい あんしん しまひた
Commented by antonin at 2009-11-26 01:37
ふぁぜろは賢いからねぇ。
用事が済んだらまたお屋敷にお邪魔します。
Commented by fazero at 2009-11-26 09:47
ひっこし したので、 IM に あどれす いれとき ました
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