安敦誌


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床屋談義

文藝春秋を読んでいると、司馬遼太郎さんがご存命中に書かれた文章が載っていたりして参考になるのだけれども、それを受けて山内昌之さんという東大教授の方がコメントを付けられている。その中で、日本の知識階級には軍事に関する基礎教養が足りないということを口を酸っぱくして言っている。それは確かに正論なのだけれども、果たしてこの「東大教授」は、どの程度戦争を経験しているのだろうかと想像して、少し首筋が寒くなる。

こういう人が法律を動かして日本が戦争可能な国家になると、その成果として実戦に投入されるのは私のムスコ世代ということになる。この薄ら寒さこそ、司馬遼太郎さんが指摘している軽薄な戦争理解の恐ろしさなんじゃないかと私は思うのだけれど、どうなのだろう。

今ちょっと本棚から見つけることができなかったのだけれども、日本の防衛大学教授が書いた戦術入門書が文庫になって売られていたので読んでみたことがある。

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)

松村 劭 / PHP研究所


まず戦場の概要が設定されていて、それに基づいてシミュレーションが実施される。そこで戦術史に範を取った教科書的な軍事知識が紹介されていて、それ自体はまあ参考になるのでいい。いいのだけれども、その先に記述されているシミュレーションが、どうにも気持ちが悪い。

本当の戦術シミュレーションとしては、戦場で対峙する両軍の指揮官を人間が担当した紅白戦のようなスタイルになるはずで、それも1回きりではなく繰り返し会戦をシミュレートして、勝率の高い正攻法と、稀な奇襲戦法などが発生した場合の対処法などを研究するはずだ。それがこの文庫本では、紙幅の問題もあるだろうが、「当軍」の指揮官だけが筆者率いる人間側で、敵軍指揮官の思考過程が開示されていない。そして、想定される複数の選択肢の中から一つのケースを選んだ場合だけが説明される。

もちろん実際の戦場では敵指揮官の思考過程など知る由もないのでこれはこれでいいのだが、それにしても歴史検討ではない戦術シミュレーションで、たった一つのケースだけ取り上げてよしとするのは本当にそれでいいのかと思ってしまう。しかも、そのシミュレーション結果というのが、「途中では厳しい場面もあったが、最初の戦術を貫き通すことで、最終的には勝利を収めた」というようなものばかりなのだった。これは、なんというか、役所の無謬性原則というか、帝国陸軍の文化からほとんど進化していないのではないかと疑ってしまうような内容だった。それでいて、現場の下士官が勢いに任せて暴走したが、そういう勢いも戦場では必要というような描写もあって、五一五の精神まで受け継がれているんじゃないのか、なんていうことも感じた。

これも立派な「軍事知識」ではあるのだけれども、果たして本当にそんなものが役に立つのかという疑問は残った。戦争の中では局地戦での敗北をいかにうまく収拾して全体的な戦略を破綻させないようにするかとか、そういう上手い負け方のようなものも必須になってくるように思うのだが、いかに勝つかということしか考えていないのではないかというような内容だった。

もしも「負け戦のシミュレートはしないのですか?」と聞いたら、「最初から負けるつもりで戦場に出るやつがあるか!」と返されてしまうのではないかというような空気が、その本から漂っていた。実際に戦場で負けるわけにはいかないので、血を流さない範囲で存分に負ける経験を積めるのがシミュレーションの良いところだと思うのだけれども、こういう発想はひょっとすると軍人受けが悪いのかもしれない。あるいは日本人受けが悪い、と言ったほうがいいのかもしれない。

周辺国家の脅威に対して日本の軍事を無視するのは云々、という言い草をよく見かけるけれども、本当に日本と周辺諸国が交戦状態になったとしたら、実際にはどういう戦闘が起こるのだろう。日本にはすでにSelf Diffence Forceという軍備がある。でも建前上は武力によって国際紛争を解決するのは放棄しますと言っている。それをさらに放棄して武力で国際紛争を解決する場合もありうるとしてしまうと、武力を使う以上はいつでも使えるように訓練し、ひとたび交戦したら負けるわけにはいかない、というところまで軍備を固める必要が出てきてしまう。

日本国の独立という話になると、じゃあアメリカ合衆国を敵に回して勝ち、背後に中露印を抱えながら中東からの石油輸送を維持しつつ国家の独立を維持するだけの軍備を恒常的に持つ、というところまでハードルを引き上げる必要がある。アメリカを敵に回さないにしても、北朝鮮が本州のどこかにミサイルを撃ち込んできたとしたら、報復として北朝鮮のミサイル基地を空軍なり艦載ミサイルなりで攻撃する必要が出てくる。

それはそれでいいのだけれども、その後の韓国と中国のメンツをどう立てて終戦処理をするのか、だとか、それにロシアも含めた諸国に対して日本のリアルな軍事能力をさらしてしまうのだけれども、それに対して戦後に足元を見られないように軍備を維持するにはどれだけの国費が必要になるのかとか、そういう「ヤヌス神殿の扉を閉じる」までの、気の遠くなるような国家戦略まで面倒を見てやる必要が出てきてしまう。

それに、日本では既に小規模な戦争が発生している。ナチスは選挙で議会の第一党になってから独裁をしいたが、日本ではオウム真理教が選挙で一議席も取れなくて、それから地方都市と首都で化学テロを起こした。これも、民間の旅客機が民間のビルに突入したのが"It's war !"だというのなら、十分に内戦の範疇に入る。もっと小さい話でいいのなら、ソヴィエト崩壊後に先鋭化した資本主義の中で絶望した加藤智大が、首都に単身攻め入って7人を殺害したのも、現代ならゲリラ戦の戦術の一つとして数えることができる。

アメリカではF22という高性能な戦闘機を作ったが、共産圏という対立勢力がなくなってしまって、実際にはF22と戦えるのはF22だけ、というようなお寒い状況になってしまっている。開発費を同盟国から集めたり、コストダウンを進めたりしてF35という新型機を開発してはいるが、状況は似たり寄ったりでもある。

それよりも現代戦の状況を考えるなら、私がこうして思っていることをネットにさらして、検索しているキーワードも閲覧しているページも全て、米国企業であるgoogleが情報として収集しているということも無視できない。私が貧乏なオッサンである限りはなんの問題もないが、もし万が一私が国会議員になったりしたならば、私のネット履歴一覧をデータマイニングした結果を持って、米国からの使者が挨拶に来るだろう。

日本国の国家機密に関与する人がgoogleは一切使わないとか、あるいはMicrosoft製品は一切使わないとか、あるいは中国製のルーターは一切使わないとか、そういう統制が取れているのかどうかは知らない。知らないけれども、おそらくそういうことをするだけの力は、日本にはほとんど残されていないように思う。個人的に2ちゃんねるを覗いても、サーバーはアメリカにある。

中国に対しても状況は似たようなもので、Baiduが日本で勢力を伸ばしているということはないが、Yahoo! Japanで紹介されたサーチナの記事がどれだけ読まれてどういう反応が得られているかという程度のことは、中国政府当局もよく知っているだろう。中国事業所と日本の本社でやり取りされる暗号化されていないメールも、それなりに収拾されているだろう。

そういう状況でスーパーコンピュータで世界一だとか知識人の軍事知識がどうだとか言ってみても、英米とEUがエシュロン騒ぎでひと悶着したのから比べると、もう日本は物理的軍備についてはアクセサリみたいなもんです、と開き直ったほうがむしろ国防能力が上がるのではないかという気がするのだが、これは平和ボケなんだろうか。

日本が戦争に貢献したといえば、むしろ経済戦争での貢献のほうが大きいような気がする。EUが鉛を使用した電子製品は環境汚染の可能性があるから輸入を禁止するという指令を発した。アメリカは「んなもん猟銃を一発ぶっ放せば何百倍も環境は汚染されるのだから無意味」と妥当な反応を示したが、日本人技術者はそういう無理難題に嬉々として真っ向から挑戦し、ついには鉛フリーハンダや無水銀ボタン電池などを開発してヨーロッパ市場に風穴を開けてしまった。

その穴から、Intelのプロセッサや中国製の高級電子製品がEU市場に流れ込むことになった。本当に粗悪な中国製品などにはご退場願うエクスキューズができたから、EUとしてはそれはそれでよかったのだろう。これでヨーロッパ資本に対する日米同盟の戦力低下を防ぐことができたのだから、日本の企業戦士は日米同盟に対してしっかりと貢献していることになる。

60年以上も実戦経験がない軍隊が給油に参加するくらいは話の種に良いと思うが、日本国の独立とか防衛とかそういうことを言い出して周辺諸国の脅威を軍事的に云々するのは、あまり得策ではないように思う。東大の教授であれば、知識人における軍事的教養の欠如を心配するより、足元で博士号取得者がバタバタと自殺している現状を心配したほうが、いくらかお国のためになると思う。あるいは東大ではまだそういった心配はないのだろうか。
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by antonin | 2009-12-06 22:20 | Trackback | Comments(0)
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