安敦誌


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以前の記事

アポトーシスは楽じゃない

こういう記事が上がっている。

もっともっと「仕分け」をしましょう:日経ビジネスオンライン

この記事の最後のほうで、こういう表現が出てくる。
 付け加えるよりも減らしていく。市場のニーズを見定め、むしろ、いらない特徴や機能をアポトーシスさせ、仕分けていく。そういった不断のプロセスを繰り返すことが、まさに「適応」ということなのではないでしょうか。原石からダイヤモンドを削り出すようなプロセスを経ることによって、商品は市場のニーズを捉えることができるのだと思います。

そりゃあまぁ、アポトーシスくらいエレガントな処理ができるならば、誰も抵抗はしないわけです。アポトーシスというのは「細胞の死」であることには違いがないのですが、これは「予め組み込まれた機能」としての細胞死であって、何かのアクシデントによって強制的に引き起こされてしまった細胞の単純死とは異なります。

たとえば低温でじっくり皮膚を加熱してやると、その周辺で低温やけどが起こります。そうすると皮膚組織にある細胞の一部が強制的に死ぬわけですが、ここで起こる細胞死は「アポトーシス」にはなりません。こういう正常プロセスによらない細胞死は「ネクローシス」と言って、死んだ細胞から撒き散らされた各種物質成分が周囲の生き残り細胞に害を与えて、結果として組織の炎症を起こしたりします。

一方、不必要になった細胞が正常な過程として消滅していくアポトーシスでは、消えていく細胞を構成していた物質は適切に処理されながら周囲の細胞や循環系に回収され、組織に炎症などを起こすことなくきれいに消滅していきます。

教室ホームより細胞の死(PDF)

つまり、既に政策として動き始めている事業をアポトーシス的に終了させるには、その事業の開始時点で予め事業終了に必要な処理がシステム的に用意されていて、あとはその終了システムを発動させることによって、適切に事業が終了できる体制が整っている必要があります。

具体的には、事業が保有している資産や人的資源、事業報告資料などを適切に後続組織や周辺組織に移管させる体制が、その事業体を組織する時点で整っていなければなりませんし、たとえ突然の事業終了が起こっても関連する事業や個人が破綻しないような運用形態を、事業目的に向けた通常運用の中でも随時実行している必要があるわけです。

そういう体制が不十分な、あるいはそもそも事業の急激な縮小や終了を想定せずに作られた体制においては、外部から突然に予算だけを引き締められた場合、事業体全体が徐々に機能不全に陥り、最終的に関係者や関係団体に不当な契約不履行などを引き起こして、ネクローシス的に事業体が崩壊することになります。

民間の企業体にはある程度そうした正常な崩壊を支援するためのシステム、つまり「自己破産」「会社更生法に基づく更正手続き」などといった、企業体が安全にプログラム死あるいは縮小再生するためのシステムが存在しています。一方で公益法人や国家プロジェクト運用団体については、あまりそうした「予期しない終了」や「予期しない縮小」に対するシステムが整っていないように見えます。

そのため、親方日の丸のシステムと思って安心して関与してきた内部関係者および外部関係者に、対応不能なほどに甚大な損害を与え、周辺組織に「炎症」のような禍根を残すことになってしまいます。そのようなネクローシス的事業崩壊を恐れて、国家事業全体の最適化はどうあれ、個別事業の存続を命に代えても守ろうとする利害関係者が現れてしまうことになります。

正社員の雇用流動問題に関しても事態は似たようなものですが、行政側や経営側はアポトーシス的な再編を想像して制度改革を推し進めているのではないでしょうか。実際に切り捨てられる事業組織や被雇用者個人としては、現実としてネクローシス的状況に苦しんでいる場面が少なくないようです。こういう理想と現実のギャップに気がつかないままに、議論が平行線をたどっている場面もよく見かけます。

仕分けられた事業が正式な手順を踏んでアポトーシス的に終息していくなら理想ですが、そこかしこでネクローシス的混乱が発生するようであれば、最終的に国家全体の寿命を縮めるような事態にもつながりかねません。事業仕分けは国家の外科手術のようなものですから、そのあたりはよく考えてメスを入れていただきたいと思います。
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by antonin | 2009-12-10 18:57 | Trackback | Comments(0)
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