安敦誌


つまらない話など
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若者以上、中年未満

私は団塊ジュニアの最上級生世代であるが、個人的には中年にどっぷりと浸かっている感覚でいるので、「中年未満」という気はしない。けれども、三十代もまだ前半の人たちであるとか、私と同年代、あるいは私より年上であっても、気分は中年未満という人は少なくないに違いない。

「友達以上、恋人未満」であれば、ロマンスの一番美味しいところであって素敵に違いないが、これが加齢現象ともなると、その一般性に対してもはや悲劇性に似た響きを持ってくるのではないかという気がしている。私はいわゆる団塊ジュニア世代に属する年齢であるからこのような表題を持ってきたが、「中年以上、老人未満」というところで似たような逡巡をしている世代も少なくないに違いない。そういう世代にはすでに「熟年」という語が公募によって設定されているのだが、あまりこの語を積極的に受け入れている人というのも少ないようだ。例外的に「熟女」という言葉はよく見掛けるのだが、さてそれが熟年を女性に限定したものかというと、そうでもないような気がしないでもない。

中年というのは、言い様によっては壮年とも言える。壮年というと現代では五十代あたりを指すことが多いが、本来的には人生の中で一番脂の乗り切った年代、ギリシア語でいうならacmeであるから、四十歳前後の年代を指すのが正しいのだろうと思われる。脳の活性においても青年にそうそう劣ることはなく、経験においても熟年にそうそう劣ることはないこの年代が、本来世界の中軸となって歴史を動かしていくべきなのに違いない。

であるが、長く安定の時代を続けていくと、若さゆえの機動力よりも経験に基づく老獪さの方が尊ばれる場面というのが多く、結果として壮年は老年の一歩手前にまで登りつめていく。そういう状況に現代もある。あるのだがしかし、そういう時代の終りがすでに霞の向こうに透けて見えていて、その先をどうするんだという決断の気配は、我々頼りない中年未満の世代に向けてずっしりと迫り来ている。

個人的な話になるが、私はこれまで単純に年齢を重ねてきて白髪なども増えており、正月に半年ぶりに会った義妹には白髪が目立つようになったと言われたが、それでも組織の最小単位を統括するリーダー業務に就いたことは一度たりとも無いままこの歳になってしまった。子供は三人も生まれたが、長の付く役職に就いたのはどれも学生時代のことばかりで、社会に出てからは万年ヒラの道を歩いてきた。

そういう我々が、いよいよ先代の残した課題に直面するこの先二十年、さてどうしたものか。もちろん、我らが同期には素晴らしい経歴を引っ下げ、リーダー役はおろか社長職さえ果たしたツワモノがゴロゴロとしているのだから、心配に及ぶには当たらないという気がしないでもない。だがしかし、そのリーダーたちの決断の手となり足となって実地に走るのは、結局頼りない我々中年世代なのであって、失われた二十年が即ち人生の基礎を築く時期だったという冷徹な若い世代の上に立って、果たして私たち、いや、私は何が出来るのだろうか。

芥川は毒をあおった。太宰は女と上水に入水した。バカヤロウ。死んで名の残る奴はいいが、ウチに残るのは厄介な遺伝子を受け継いでしまったムスメひとりとムスコふたりだけだ。私は未だ名も財も残していない。学は多少あるが、この時代のこの世界に必要とされる人間であるという気がしない。どうしたらいい。どうしたらいい。一体どうしたらいい。


今は酒が入っている。酔っている。果たしてタイピングは正常に行えているだろうか。校正は正常に行えているだろうか。噪状態よりは酩酊状態の方がまだ確度は高いのかもしれない。酒は未婚の時代に旅した高千穂の、地場の焼酎が近所で売っている。値段も手頃で愛飲しているが、最近はストレートで飲むことがあったりして、どうなのだろうと思わないでもない。それにしても旨い酒だ。

 麦焼酎 長期貯蔵 くろうま

来年の正月も、まだ下らないことを言いつつムスコの誕生日を祝いたい。まだ生きていたい。まだ生きていたい。早春には近所の公園に植えられた河津桜の花が咲くだろう。河津の春は早い。あと、ほんの少しだ。
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by antonin | 2010-01-14 00:06 | Trackback | Comments(0)
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