安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
検索
最新の記事
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
光は本当に量子なのか
at 2015-03-17 23:48
自分のアタマで考えざるを得な..
at 2015-03-06 03:57
折り合い
at 2015-03-01 00:19
C++とC#
at 2015-02-07 02:10
浮世離れ補正
at 2015-01-25 01:21
記事ランキング
タグ
(294)
(146)
(120)
(94)
(76)
(64)
(59)
(54)
(45)
(40)
(40)
(39)
(32)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

腰パンに思う

久しぶりに時事ネタ。

あの姿は、「個性的」と呼んでしまって良かったのだろうか、という話。というのも、東京生活ではついぞ見かけなかったあの「国母スタイル」も、数年前の宇都宮駅では数百人規模で見かけたような、ある意味「典型的高校生スタイル」だったからだ。

今は見なくなったが、ルーズソックスが大流行したこともあった。今は制服ミニスカートが全盛だが、我々が小学生の頃に見たのは床まで届くかという制服ロングスカートだった。ともかく、学校の制服が想定する範囲を逸脱してはいるのだけれども、かといって個性的というほど希少なものでもなく、まぁ、流行してるからよく見掛けるよね、という程度のものでしかない。「腰パン」も「裾出し」も「ゆるネクタイ」も、全部そういう種類のスタイルであって、別に個性的でもなんでもない。

あの姿は別に個性的ではないと思う一方で、オリンピックという国際的な場で見てしまうと、非常に日本的なものかもしれない、とは思う。というのも、ヨーロッパ圏ではフォーマルな服装というのが非常に長い歴史を持っているから、ルールによって制定された服装というのは別として、フォーマルを着る以上はこういうスタイルだろう、という定形が非常にガッチリと定まっている。お坊さんといえば袈裟でしょう、というレベルで文化的に染み込んでいるから、フォーマルウェアをフォーマルスタイルで着るか、カジュアルウェアをカジュアルスタイルで着るか、のどちらかになるのだろうと思う。

ところが日本では、スタイルではなく学校の自治令である校則によって服装規定が定められていて、それに従わないと授業に参加出来ず、最終的には退学になってしまう。それでは困るということで、フォーマルウェアを着つつも、フォーマルスタイルから少しでも逸脱していこうという生徒と、それは許さんという教師との不思議な戦いが始まる。で、過去にはボンタンがあり、近くには腰パンがある。きっと、そういう程度の感覚で国母さんはあの「着こなし」をしていたように思える。

だから、校門で風紀係の先生に怒られる程度のことは当然想定範囲内だったのだろう。それが「日本中で話題になってお母さんが泣いているぞ」級の問題に発展してしまい、今頃になってマジ謝罪に発展してしまったのではないか。

自発的に法を整備した民族は、法を犯していても法の精神を犯していなければ穏便にはかり、場合によっては法を修正したりする。一方で、法を守っていても法の精神を守っていなければ、何か別の手段をもってしてでもこれに報いることになる。ところが、法は天から降ってきて民は唯々諾々と従うという民族では、法の精神を犯していても法を犯していなければ渋い顔をする程度で済み、法の精神を守っていても法を守っていなければ気まぐれに罰せられる。

だから、自発的禁制を旨とする服装規定の精神を優先していれば、教師は服装を正しく保つ意義を「良い心を持てば良い行動ができる」という教育の基礎理念なのだと説明し、カウンセリング的に生徒を説得するという作業に期初の多くの時間を割くことになるだろう。ところが服装規定の精神を生徒が受け入れるかどうかより、規則の限界を超えて教師の責任問題になるかどうかの外見判定を優先するなら、学校指定以外の色のズボンは厳罰だが、腰パンは言ってるとキリがないし他校でも似たような状況だから許容するか、という具合になるのだろう。

あの姿でも、「本当に申し訳ありませんでした、(閉会式あたりまで)あのスタイルは自粛します」という会見が先に立てば、恐らく日本の視聴者は許してしまったんだろう。で、成田で再びあのスタイルを見て「奨励金返せ」と騒ぐ展開になって面白かったのではないかと思う。個人的には、謝罪するかどうかよりも「反逆心」でやっているだけなのか、それとも本当の「美意識」でやっているのかという差のほうが気になった。前者だと「いわゆる確信犯」で、後者だと「辞書的な確信犯」ということになる。

アメリカなどは多民族多文化の国家なので、辞書的な確信犯、つまり国家の法には反するが宗教的あるいは個人的信条には反しない、という難しい問題を日々経験しているのだろう。一方、わざとやってみた「いわゆる確信犯」というのは、情状酌量の余地がない。でも、「ごめんなさい。こんなに大ごとになるとは思っていませんでした。心から反省しています」と模範解答をすると、再犯傾向がすでに低下しているとみなされて減刑される。これは日本の裁判所で典型的な量刑基準だろう。

なんだろう、この展開がいかにも日本の少年裁判風で、海外メディアから見るとどういう印象になるのだろうかというところに、少しだけ関心がある。国母さんに足りていないのは、モラル(道徳)ではなく、モラール(心の平穏)なのではないかという気分が、少しだけ滲み出ている。


【おかわりリンク】
「裾出し腰パン」を「皿仕上げ」でおいしくいただきましょう:日経ビジネスオンライン
[PR]
by antonin | 2010-02-17 00:57 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/12854717
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 音声的な、あまりに音声的な ネット時代のコンテンツ提示方法 >>


お気に入りブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル