安敦誌


つまらない話など
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音声的な、あまりに音声的な

アクセス解析を使って逆リンクを検索していると、「音声言語的な文章が云々」という議論にぶつかった。これはひょっとして自分のことだろうか、と、また自意識過剰気味に反応してみる。

いろいろと本を読んだり、ウェブサイトを巡回したり、そういう事は毎日やっている。そうすると、寝る直前だとか目覚めた直後だとかに、面白かったり厄介だったりする様々な考えが浮かぶ。そういう考えを個人的に「妄想」と呼んでおり、生活圏内の人間に話してもまず理解されないので、ここに書き記して公表することで満足することにしている。

ところが、この作業に平均して1時間くらいを要する。それ以前に純粋に思考している時間が2時間くらい加わるので、都合3時間くらいはひとつの妄想ネタに費やしていることになる。ところが、日常生活の中で3時間という時間をまとめて確保することは難しい。ほとんどが家事や育児や睡眠という必須作業の割り込みによって中断されることになる。

となると、どうしても頭で考えていることを頭で考えている速度で打ち込み、後日余裕があれば推敲する、という運用スタイルになってしまう。私は、自分の文章を読み返して日本語としてまともな形式に修正するのに、だいたい書き下しの3倍程度の時間を要する。となると、これにも平均して3時間ほど必要ということになる。そこまでしてようやく、文章が一般書籍のような文体になる。これを週に2本以上書いてしまうと、生活が崩壊する。

そういう推敲を掛ける前の文章というのは、思ったことが思った順で単純に書き並べてある。そういう文章は一文が長くなりがちで、最初に書いた句と最後に書いた句が重複して変な日本語になってしまう、というようなことも多発する。句読点による区切りが変なことになっているということも多く、結果として、意味を取りにくい、誤解を招きやすい文章になってしまう。もちろん誤変換や単純なタイプミスもある。そういう単純なものでも、最低2回くらいは文章を読み直さないと除去しきれない。意味を追う過程と、字面を追う過程というのは、どうしても別々に用意しないとそれぞれの精度が上がらない。

という具合で、書き上がって見直しスウィープの1巡目あたりで割り込みが発生したような荒っぽい文章が多数、ネット上に晒されていくことになる。時間があれば後日推敲するが、あまりそういう時間をとる機会は多くない。それよりはむしろ新しいネタを投下するほうに時間を割いてしまいがちになる。それでも書き下し時間内に割り込みが発生し、非公開設定のまま中断しているようなネタが月に数本分は眠っている。

そういった、会話と同じように思考の速度に近いスピードで打ち込んだ文章が、おそらくは「音声的」と捉えられているのではないか。それが逆に音声読み上げを利用している読者に好評だったりすることもあって、まぁ別にいいやという態度をとっている影響も、少しはあるかもしれない。こういったものを視覚的に読んでいる人の中には、「句読点の多い文体」と呼んでこれを忌み嫌う場合もあるらしい。太宰治の書くものが、ちょうどそういう文体なのだそうだ。

漢字と送り仮名で文節の切れ目を明示できる場合は句点を使わないが、平仮名が多い文章の場合には文節区切りの明示という意味で、音声的なリズムとは別の意味の句点を使う場合がある。さらに修飾語の修飾範囲を示す場合とか、そこまで気を回して句点を打てる場合もあるが、それはだいたい推敲の3巡目以降となる場合が多い。


という具合でして、箇条書き主体の技術文書以外を職業的に書いたことがない私は、論説的作文でも勢い重視の音声言語的文体になりがちである、という話でした。
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by antonin | 2010-02-17 15:13 | Trackback | Comments(0)
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