安敦誌


つまらない話など
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なぜ若者は不甲斐ないのか

まず最初に誤解の無いようにしておきたいのだけれども、現在の若者が過去の若者に比べて質的に劣っているとは思わない。いつの時代にも、優れた若者もそうでない若者も一定程度の比率を大きく離れずに存在するはずで、それにも関わらず大人たちには「最近の若者はまったくなっとらん」と感じる理由がきっとあるはずだろうと思う。その理由もいくらでもあるのだろうけれども、その理由のうちのいくつかについて思うところを書いてみよう、というのが本文の趣旨になる。

そのひとつは、「登山効果」というもの。どの世界にも優秀な人間というのは一握りで、それに対して平凡な人間が大勢を占める。山の麓には低い土地が広がっているが、山の頂上ではごく狭い土地があるに過ぎない。そういう頂に立ってみると、下界の様子を広く見渡すことができる。これに似たようなことが人事においても起こっていて、それによって「最近の若いものは」論が出てくるのだろうという仮説。

というのも、世間で声が大きくなる人間はどういう人かというと、当然出世してある分野の頂点に近い位置に達した人間ということになる。自分の専門分野ですら目立った成果を出していない人間の言い分など、誰も聞きはしない。誰も聞きはしないというのは大袈裟だとしても、少なくとも大勢の人に聞かれることはない。というわけで、一般的には多くの人が目にする意見というものは、ある分野で目立った成果を出して頂点に立った一部の優秀な人間の声、ということになる。

そういう人がどういう履歴をたどったかを想像してみると、若い頃から優秀な友人たちと交遊し、互いに切磋琢磨しながら何事かに邁進し、そこで成果を上げて人の上に立つ地位へと進むことになったのだろう。ところがそういう人は、自分が若者の一人として生きていた頃には既に優秀な友人と小さなコミュニティを作っており、優秀な先達からの指導を受けていたが、そういうコミュニティからこぼれ落ちる平凡な同世代の人々というのは、彼の目からは恐らく見えていなかったのではないか。

それが人の上に立つようになると、優秀な人間だけではなく平凡な人間の面倒も見なくてはならなくなる。そうすると自分が若かった頃に見えていた人々に比べて多くの若者の様子が眼に入るようになる。となると勢い、今の若者は不甲斐ないという感想を自然と抱くようになるのだろう。しかしこれは山頂に登って初めて低地の全容が見えるのに似て、単に若い頃に同世代の全貌が見えていなかったことによる影響のほうが大きいのではないかという気がする。確かに彼が若い頃に身近に見ていた若者たちに比べて長じた彼が面倒を見なくてはならなくなった若者は劣っているのだが、それは単に彼が平凡な人を指導すべき立場に立たされたからに過ぎない。これを「登山効果」と名付けてみた。

これは東大生が地方大学の教授になった場合よりも、母校の教授になった場合の方がより顕著に見られるのではないだろうか。つまり、若い世代が自分の若かった頃の友人達と同レベルであるという思い込みがある分だけ、現在の若者の様子が不当に低く見えてしまう。これがもし地方の私大の教授などに着任したのであれば、そもそも学生たちが優秀であるわけがないという先入観があり、実際に彼らが自分たちの若い頃よりも優秀ではないとしても別に驚くには値しないというわけである。

こういう「登山効果」以外にも、歳を取ってから若者が劣って見える場合が考えられる。それを「斜陽効果」と名付けてみよう。産業革命以来、というよりも有史以前から、人間社会には勃興する分野と衰退する分野というものがあり、勃興する分野には優秀な人が集まるが、衰退する分野には優秀な人が集まりにくい。もっと正確にいえば、黎明期にある分野では、必ずしも優秀とは限らないが面白い人が多い。そしてそういう人々がその分野を盛り上げて絶頂期に達すると、今度は面白いとは限らないが間違いなく優秀な人が集まるようになる。そして衰退期においては、面白くも優秀でもないが保守的な人が集まりだすようになる。

そういう一般的な傾向にあって、勃興期に若い時代を過ごして人の上に立つまでに達した人は、「最近の若い奴は確かに優秀だがチャレンジ精神に欠ける」というようなことを言うだろう。最盛期に若い時代を過ごして人の上に立つまでに達した人は、「最近の若い奴は意欲に欠ける。我々の若い頃には意欲のある優秀な人間が多かった」という感想を持つだろう。ある分野で成功した人間ほどその分野にどっぷりと浸かって生きてきたわけで、過去においても現在においても、他分野の若者というものにあまり接していない。したがって、面白かったり優秀だったりする若者が他分野には相変わらず存在するのだということに気づきにくい傾向にあるだろう。

この現象に「斜陽効果」と名付けてみたのだが、別に衰退過程に限らず、その分野が取り込む若者の傾向が変化するのなら、その分野の興隆過程でも似たようなことは起こるだろう。しかし最近目立つのはもっぱら「若者のなんとか離れ」だから、それはもう確実に衰退過程で起こっている現象であって、そういうわけで「斜陽効果」と名付けておいた方が面白いのだろうと思う。

最後にひとつ付け加えておくとするならば、自分たちが若い頃に比べて最近の若者が不甲斐ないという声は大きくなるものだが、自分たちが若い頃に比べて最近の若者は優れているというような声は大きくなりにくい。そういう場合には「最近の優秀な若者を集め育てたのは我々だ」という形の声になりやすいからだろう。この現象にはあえて名前をつけないことにする。調べればおそらく先達によっていい具合の名前が付けられているのだろうから。
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by antonin | 2010-04-15 10:18 | Trackback | Comments(5)
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Commented by fazero at 2010-04-15 16:17
な、なるほどー めもめも
Commented by NAF at 2010-04-17 02:20 x
そういえば、なぜうちの婿殿(どらむこ)は
不甲斐なかったのかしら〜〜〜?
Commented by antonin at 2010-04-17 14:33
コメントありがとうございます。twitterなんかで紹介されているらしく、どうやらこの文章はウケがいいみたいです。

>fazero
コメントいっぱい ありがとー

>NAF
男は立てて踊らせるものですわよ
Commented by NAF at 2010-04-18 20:12 x
ええ。だから『婿の悲劇』なるコンテンツを設け、
その影響で婿殿は(特に婦女子に)人気(?)が出て
殿方たちからは同情してもらえた(?)のです。

今でも内助の功という自負がございますわ☆
Commented by antonin at 2010-04-19 15:09
なるほど、いびり倒すのも愛情のうちというわけですね☆
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