安敦誌


つまらない話など
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ラーメン屋の接客

人間には色々なタイプがあるが、それでも人間の脳の構造にそうそう大きな違いがあるわけではない。人間の脳には喜びを感じるサイトというのがひとつしかなくて、人間が区別しているつもりの喜びの感情というのは、実はないまぜとなって感じられている。つまるところ、喜べるのか喜べないのか、というところに決着する。人間の感受性の多様性は、そのたったひとつしか存在しない喜びのサイトに、どのような経路で神経が接続されているかという、プログラミングデータの違いでしかない。

ラーメン屋があって、私たちはその味や栄養を購入していると思っている。しかし、店内の清潔感であるとか、店員の接客とか、そういった意識的無意識的ひっくるめた感覚情報が総合されて、結局はただひとつしかない喜びの感情を呼び起こすかどうかということで価値判断される。私たちの意識はそこに適当な理由付けをおこなって、これこれこういう理由でここの店は良いとか悪いとか言う。

しかしそういう意識に上るレベルの思考とは別に、結局ラーメン屋のラーメンに満足できたかどうかというのは、ラーメンの味、香り、価格、店内の雰囲気、店員の接客、同席した客の態度、壁紙の色彩、照明の照度、店内の気温や湿度など、複数の意識的あるいは無意識的な刺激が、同時に複数の経路から脳の快楽中枢を刺激している。その中にはポジティブな刺激とネガティブな刺激があって、トータルとしてポジティブな刺激が勝てば私たちはラーメンに満足するし、ネガティブな刺激が勝てば私たちはラーメンに満足しない。

私などはあまり躾がいいとは言えない家庭に育ったが、それでも母の作る料理はなかなか凝っており、食卓では家族団欒という感じで楽しく食事をしていた。だから食事をうまいと感じるためには精神的なリラックスが欠かせない、というように無意識下でプログラミングされている。したがって私には、店員の人当たりが良かったりすると、もうそれだけで気分良く食事をすることができ、したがって食事もうまいと感じられる。

そういう具合なので、「味覚にこだわっているので接客にまで力を入れる余裕がない。こちらが全力を賭けている味を味わう客の方も、味を感じ取るのに全力を賭けるべきである」なんていう態度の店に入ると、もうそれだけで気分が悪く、結果としてどれだけ「味」として凝った料理が出てこようとも、それをうまいものとして感じ取ることはできなくなる。味覚というのは五感のうちのたったひとつでしかない。

ところが世の中には、こういう店を絶賛する人がいる。どの程度本気なのかという部分は確かに考えなくてはならないが、本当にそういう店の料理を好む人というのが、数としては多くないが確かに存在するらしい。そして数が少ないというあたりがまた、彼らの選良感覚を刺激して気分が良いらしい。しかしもう書いたとおり、私はそういう店を生理的に受け付けることができない。

これを同じように無意識下のプログラミングという見方でとらえると、こういう店を好む人というのは厳しい大人に育てられたのではないか。食事中もリラックスして歓談するというより細かいマナーを厳しく指導され、そういう厳しさをクリアしたときに初めて大人に褒められ、そして喜びを感じるという育ち方をしてきたのではないだろうか。であれば、ヘラヘラした店員が愛想を振りまくような環境で食事をするよりも、店側が厳しいルールを客に押し付けてきて、それを客が高いレベルでクリアしたときに最高の味が感じられる、などという条件下で食事をするときの方がむしろ喜びが増し、結果として本当に食事までうまく感じられるのではないか。

どちらが良いとか悪いとかではなく、彼らにとって本当に快適な環境というものが、フランクであるよりもスパルタンであるという、生育環境などの影響によるそういう個性の違いなのではないか。道を挟んで我が家の向かいにある「ラーメン二郎」には連日長蛇の列ができるのだが、そのレポート記事などをネットで読んでも、あんまり入ってみたいという気が私には起こらない。しかし、そういう環境こそが快適であるというような人もまた、この国に一定数存在するからこそ、あの連日の行列が続くのだろう。

わたし、そういうの向いてないのよね。とは思うのだが、それで生きていけるようなニッチに果たして出会えるのだろうか。
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by antonin | 2010-04-17 14:24 | Trackback | Comments(2)
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Commented by fazero at 2010-04-18 17:19
らーめん・じろー の ほんてん の じーちゃん、 ほんま に あいそなし やよ
けど あじ わ そこそこ やので、 ちうどく に なて かよー のが おーいー ねんね。
けど たまに さーびす で、 たまご いれてくれる おみせ の ほー が すきや
Commented by antonin at 2010-04-19 15:08
ま、本当に食い物屋ってのは好き好きですからね。繁盛してるんだからたいしたもんです。

「玉子無料サービス中」ってポスターに書く店が増えてるけど、無愛想なおやじさんが常連でもない客にいきなり玉子サービスしてくれるなんてのも嬉しいよね、確かに。
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