安敦誌


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儲かりたい

どんどん稼いでがんがん使おう - Chikirinの日記

日本ではまだ仏教的な思想が残っていて、人は儲けることに貪欲な人に対して厳しい見方をする。しかし本来仏教というのは極端を嫌うので、儲けるということに執着しすぎるのを否定する一方で、儲けることを憎むのもまた否定する。

カネというのは人の欲を数値化したもの、というようなことは既に書いた。

安敦誌 : おかねのはなし

「欲」という単語は「期待」とか「信用」とか「見込み」とか、そういう修飾を伴った表現をされることもあるけれども、突き詰めると人の欲というところに落ち着く。人があるモノやサービスを購入して対価を払ったとき、得たものが払った金額より価値が高いと思えば得をしたと感じるし、得たものが払った金額より価値が低いと思えば損をしたと感じる。

経済には規模の原理というのがあって、ある程度まとめて仕事をした方がコストがかからないということがよく起こる。そういうところに敏感な人が商売をすると、作り手はモノを多く売り上げ、売り手は多く利潤を得て、買い手は価格以上の価値を手に入れるという「三方得」が発生する。もっと良くできた経営者であれば、働き手は手間が減って、収入が安定して、客にも感謝されるという得まで発生する。

ところが日本人が苦境に陥ると、ちょっと面白いことが起こる。注文を減らしておきながら売り手に価格を下げろと言い、価格を下げる以上に価値を下げておきながら買い手にもっと買えと言い、結局うまくいかずに商売人も利潤を下げる。こういう「三方損」みたいな事態が起こるのだけれども、そのうえ働き手の手間が増えて、収入が不安定になって、客にも迷惑がられるという損まで発生する。

こういう、誰も得をしない状態で「儲ける」という目標を設定するのは本当にやめてほしい。有価証券市場のようなゼロサムゲームならまだマシだが、実業界でこういうネガティブサムなゲームを続けるのは本当に勘弁して欲しい。ポジティブサムの経営ができる企業に市場を譲って欲しい。そのための原理が自由な市場競争ということになっている。

ここで市場競争に対して極端に自由であると、市場の変化が激しくなりすぎて市場原理が正常な淘汰力を発揮する以上のスピードで詐欺的な新興勢力が市場環境を破壊してしまったりするから、ある程度の保護的な規制は必要になる。しかし規制が強すぎると、今度は市場の淘汰力が働かなくなってサービスが停滞してしまう。

だから、良いサービスを提供して結果として「儲かる」のはよろしいけれども、サービスそっちのけで「儲ける」ことばっかり考えていると、そのうち市場に淘汰されてしまって結局損をしますよ、というのが先人の知恵なのだろう。これは倫理的な空理というよりも経済的経験則であって、市場原理が正常に働く環境下では提供するサービスの価値と顧客が支払う対価は均衡するから、長期的に見れば結局企業がやることはサービス向上に努め適正な利潤を得る、という面白くもない結果になってしまうのだろう。

だから、社会に存在しなかった新しい価値を創出して儲けている人は、ちゃんと尊敬される。儲け重視で市場の期待を裏切ったりする人は、ちゃんと軽蔑される。だから、嫌儲する文化が悪いというよりも、やはり嫌われるような利潤追求の仕方をする方が下手なのだろうと思う。

真言宗では、人の心は本来清らかなものであり、人の欲もまた例外ではないと見る。欲というのは炎に例えられて、それが燃え盛ってみだりに物を焼いたり煤煙を撒き散らしたりするから問題なのであって、ろうそくのようにきれいに燃えれば害にならないばかりか益になると見る。人からあらゆる欲を取り去ってしまえば、その人は死んでしまう。欲に飲まれないように心身を鍛え、欲を暴走させない程度に欲の対象を遠ざけて生きていれば、欲は清いものになる。

カネについても同じことなのだろう。欲を出しすぎるのは問題だが、欲を消してしまおうなどと考えるのもまた問題であって、節制できる範囲でしっかりと欲を出すのが人間の正しい姿なのだろうと思う。と、偉そうに書きつつ、自分がそれをできているのかというと全くできていないんですけどね。合掌。
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by antonin | 2010-04-21 15:59 | Trackback | Comments(0)
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