安敦誌


つまらない話など
by antonin
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ふけいきのうた

被害者が騙されたことに気付いて憎しみを抱くようだとそれは凡百の詐欺師であって、一流の詐欺師ともなると、被害者の心には一生のうちで最もエキサイティングな日々を送れたことに対する甘美な感傷が残るのだという。そういう意味では、ひょっとすると私が育った時代の日本国というのは稀代の詐欺師であり、私はその被害者であったことに、あるいは今も心のどこかで感謝しているのかもしれない。

人を疑うということは心を蝕むことであって、人に期待するから疑いを持つのだとすれば、そもそも期待しなければいい。人はその弱さのために結果として他人の期待を裏切る可能性が常に伴うのだとすれば、結果に対して期待することをやめれば人を疑うことも避けることができる。結果には期待せず、しかし弱さを伴った不完全な善意が嘘ではないと想定することが「人を信用すること」なのだと定義すれば、人間に対する苦痛のかなりの部分は解消するようにも思える。

家庭を持ってしまった男に必要とされる強さとは獅子のそれではなく、駱駝のものなのだという。特定の敵が現れてどうこうという場面はむしろ避けて、砂嵐のような避けようのない災害を黙って耐え、再び日差しの中を荷を負って歩き続ける強さなのだという。見通せる範囲にオアシスがないからといって、歩くのをやめない強さなのだという。

仏説には「犀の角のように一人歩め」とあるのだけれども、それはあくまで出家のための法説であって、在家者は犀の角よりも駱駝の瘤のように歩くべきなのだろう。ゆさゆさと、砂まみれの毛を揺らしながら。


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by antonin | 2010-04-24 00:16 | Trackback | Comments(0)
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