安敦誌


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正統というものの作為性

「的を得る」という言葉がある。例えばATOKの最新版などを使っていると、この日本語原理主義的IMEは、「的を射るの誤用」みたいな余計な指摘をしてくるらしい。実に優等生的なうっとうしいヤツだ。おそらく文部省諮問機関である国語審議会あたりでは「的を射る」の方が正統な日本語として認められているのだろうと思う。ところがネットで検索してみると、言葉の問題はそんなに簡単なもんじゃないぜ、という議論がとあるブログ上で行われていて、非常に興味深く読んだ。

「的を得る」 は、間違いじゃない: tak shonai's "Today's Crack" (今日の一撃)

この庄内拓明さんのメインサイト、「知のヴァーリトゥード」には以前に漂着したことがあって、そのときにも大変面白く読ませていただいた。この庄内さんの言語感覚には非常に信頼の置けるところがあるので、私も「的を得る」は誤用どころではなく正当な日本語であるという意見に対して肯定的に見ている。

安敦誌 : コメント拡大版

日本語は難しい、ということをよく言うのだが、その原因の一番大きなところは、日本語が持つ細やかさや伝統、などではなく、単にその歴史が短いことに尽きると思う。こういうことを言うと必ず、日本語には非常に長い伝統があるのだという反論が湧く。確かに神話を伝承する巫女の口述を文字に落とした古事記であるとか、無名の個人にも詩才があった証拠である万葉集などまで日本語の範疇に含めるならば、その歴史は確かに長い。しかし「現代日本語」という限定をしてしまうと、その歴史はたかだか60年程度のものでしかない。

日本の敗戦に伴い、それまでの教科書の主要部分が否定された。その代用として登場したのが、戦前戦中の反体制派がGHQの意向に沿うように作り上げた、新字新かなである。これによって、まず現代日本語は敗戦前の日本語との間に大きな断絶がある。さらには、明治維新が一段落ついて国民皆兵制の根幹である学校教育が制度として確立すると、文語としての候文は教育現場から排除されて言文一致制となり、また万葉仮名以来の伝統を持つ庶民のかな文字も、一音一字の新仮名に縮退することになった。また方言も教育現場から排除され、標準語という半ば人造的な日本語が全国に普及することになった。

そうした二段階の非常に大きな断絶があって、現代日本語というのは長く見ても120年程度の歴史しか持たない。そういう出自から当然に、歴史に基づく正当性というのは限られたものしかない。したがって国語学者が集められて、会議室での議論の末に正統な日本語を勧告し、国家がこれを承認するというスタイルを取ることになっている。そしてこの制度は現在の文部科学省と国語審議会においても連綿と続けられている。

日本語の難しさ、面倒さというのは、長い歴史的文化教養の国民による共有を根拠とするのではなく、密室内の学者の議論が優先され、それが正統とされるというイビツさに、その根本的な原因があるのではないかという気がする。

こうした、専門の学者が集まって議論した結果を国家が承認し、その国家権力によって国民に流布するというスタイルは明治政府の発明であり、敗戦を越えて現代日本の国家体制の根幹でもあり続けている。そのようなスタイルが最初に発揮されたのが、後期国学の学者が集まって作られた神祇官(じんぎかん)である。神祇官というのは、日本の国家中枢に仏教が浸透する以前の日本の国政を文献学的に研究した江戸後期の学問である国学の成果ではあるのだけれども、政(まつりごと)と祭(まつりごと)の区別が渾然としている時代の研究でもあり、宗教的な性格も強かった。

そういう歴史学であったり宗教学であったりする学問の成果を、天皇の権威を利用して藩を超えた近代国家の求心力としたいと考えた、信心深いというより開明的な明治の要人が採用した。大蔵省などというのはそういう南都時代の組織名を復古したものらしいが、当初神祇官はそれら各省の頂点に置かれた。明治天皇は徳川慶喜に負けず劣らず明晰な精神の持ち主であったらしく、この近代国家の道具としての現人神という位置付けを冷静に認識しつつその大役を演じていたといわれる。

そういう具合で、日本固有の文化とされた神道は外来文化である儒仏と分離された。道祖神などの民俗信仰の雑多なものは廃絶され、氷川神社など大規模なものは国家神道の序列に取り込まれた。天皇家代々の霊廟は戒名を書いた位牌を収めた菩提寺を廃して、国学の最新研究成果に則った神式の施設となった。真言宗の影響下にあった伊勢の外宮は格下げされ、完全な神式に改められた内宮が皇宮として格上げされた。その神官たちも国学に親しい者たちが上位に抜擢された。

西洋においてもそういう人工的な正当性の確保という作業が行われた歴史があった。ローマ皇帝によって公認されてから宗教改革が進むまでのキリスト教では、皇帝や教皇の勅令による宗教会議で徹底的な宗論が交わされ、なおかつその結論にはっきりとした白黒が付けられた。議論に負けた側は、そこで正統とされた結論に従うか、あるいは異端信者として破門と追放を甘んじて受けるかという、避けられない選択を迫られた。そして、カトリック(正統派)の教義解釈は常に単一のものであり続けた。

正しい教義解釈であるとか、正しい歴史認識であるとか、正しい国語の言い回しであるとか、そういうものが厳密であれば厳密であるほど、言いようのない人為性、恣意性、硬直性、不完全性といった、とにかくそうしたイビツなものを感じないでいられない。

私は右か左かで言えば左寄りだが、その絶対性などというものは決して信用しない。やなせたかしさんではないけれども、人がひもじい思いや凍える思いをしない、そういうことだけが、絶対というものにいくらか近いのみだろうと思う。
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by antonin | 2010-05-06 23:47 | Trackback | Comments(2)
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Commented by tak-shonai at 2010-11-02 10:37 x
"「的を得る」 は、間違いじゃない" を書いた庄内拓明です。ご紹介、ありがとうございます。

日本語に関しては、国語審議会なんてものがあって、妙な JIS 規格 (?)みたいなものが決められているようでして、それがたかだか 60年ほどの狭い範囲の慣用に基づいているというのは、おっしゃるとおりだと思います。

そして、それを錦の御旗のようにふりかざす傾向があるのは、困ったことですね。
Commented by antonin at 2010-11-06 17:33
正しいとされていることだけが正しい、という考え方で生きてこられた人が羨ましくもありますが、まぁ、議論となると困ったことですよね。
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