安敦誌


つまらない話など
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メタサイエンスの世界

そういう言葉があるのかどうかは知らない。ただ、メタフィジックス(形而上学)という言葉があるなら、サイエンスよりも上位概念のメタサイエンスというものがあってもいいんじゃないか、ということを思った。

環境科学の武田邦彦さんという学者さんがいらっしゃる。この方がなかなか鋭いご指摘を繰り返されているのだけれども、その中に、大気中の二酸化炭素は地球温暖化の原因とは言えない、という指摘がある。この事実自体は、まぁ確かにそうなのだけれど、現在の技術では検証不能というのが正しいのではないかと思う。検証不能ではあるが、大気中二酸化炭素濃度の継続的上昇が人類にとって未経験のレベルに達しているというのは事実であり、また二酸化炭素が効果は弱いにせよ温室効果ガスの一種であることも事実である。

となると、二酸化炭素が原因で地球温暖化が進む「かもしれない」し、地球温暖化が進むと気候変動が起こる「かもしれない」し、気候変動が起こると洪水や旱魃などの大規模災害が増える「かもしれない」という予測が立つ。そこから予防原則的に、つまり、科学的に確証が得られた段階ではもはや手遅れになるかもしれないから、確証を待たずに対策を開始するという、比較的誠実な実務態度というものが成り立つ。当然、あとになってみれば杞憂に過ぎなかったという結末は、最初から可能性として織り込み済みということになる。

ただ、そうした誠実な態度とは別に、二酸化炭素を悪者にしてしまうことで、その人為的発生源である石油や石炭といった地下資源を保有する国家の財政能力を低下させられるだとか、これから石油エネルギーを大量消費して工業化を進める国家の発展を遅らせることができるだとか、そういう副次的な部分に目をつける人間というのも、当然に出てくる。そう考えてしまうと、森林が二酸化炭素を吸収するなどということは、比較的どうでもいい話になってくる。森しかない発展途上国へのファイナンス戦略なんかを考えると風向きが変わるにしても。

そうした副次効果の方が正当な国家戦略として国際的なコンセンサスが得られるなら、正々堂々とそういう戦略を前面に出せばいい。国家元首による自国製品のトップセールスが不正行為だというような糾弾はあまり存在しない。しかしあまり表立って表明できない高度な戦略に属する場合には、そういう国家戦略が背後に下がって、人類の未来に対する予防原則を発動する文明的理念の推進という、麗しきお題目が前面に立つことになる。

子孫の生存環境を守るため、といえば国民が力を合わせて二酸化炭素排出を低下させるための努力を、言い換えれば石油の需要を低下させるための努力を払うだろうが、あからさまに「石油産出国の経済力を削ぐためです」と言ってしまえば、国民はガヤガヤと騒ぎ出すだけで言うことを聞いてくれなくなるだろう。

そのようにして、国家的にはまずまず当然の戦略なのだけれども、露骨に言ってしまうとちょっと人聞きが悪いので、結果として同じ効果を持つような美しい大義名分を持ち出して国民を主導する。そうした行為そのものは、政治的に見れば極めて基本的な手法だろう。もちろん、あくまで誠実に正直に考えれば偽善的で欺瞞もいいところなのだけれども、正直に話して意図を理解してくれるほど国民は国益というものに興味はない。

たとえば、先進国から優れた製品を輸入するのは止めたくないが、発展途上国から格安の製品を輸入して国内産業を破壊したくないという国家戦略があるとする。すると、製品に含まれる有害成分の使用を全面的に禁止してみてはどうか、という大義名分が見つかる。そうすると製品コストが全面的に上がってしまうから、域内での流通は許可して、域外からの流入だけ制限してみるというのはどうか、なんていう調整が入る。というわけで、ヨーロッパは電子製品での鉛やカドミウムの使用を輸入品に限って全面的に禁止した。

もちろん、通常製品に含まれる鉛やカドミウムは人体に影響を与えるほどの毒性はないのだが、悪い条件で燃やしたり埋めたりして処分すると、溶け出して有害成分に変わる可能性がある。そういう具合なので、「毒だから輸入禁止!」という大義名分を表に出しつつ、自動車の鉛電池やモーター製品のニッケルカドミウム電池は「技術的に代替が難しいから使い続けます」という具合になって、非関税障壁としての実質的役割を果たすようになる。リチウムイオン電池なども、機器ごと燃えてしまうという事故が報道されてしまって一時は立場が危うかった。

これに対してアメリカは当初、制度に科学的根拠がないから反対だ、という態度を取った。一方我が国は、先進国として環境技術の発展が国家的競争力の源泉になると見たのか、あるいは単にヨーロッパ向けの輸出が急停止しては困ると見たのか、ともかく禁止物質を使わずに技術的解決する方法を血眼になって探し、そしてついに実用化してしまう。技術的にベストだった錫鉛共晶半田も、コストでも性能でも劣る銀と銅を使って愚直に解決し、ニッケル水素電池の性能を愚直にニッケルカドミウム並みに高め、ボタン電池に必須とされた水銀を使用しない技術さえも愚直に開発した。

結果として日本はヨーロッパの非関税障壁に穴を開けたのだが、その意義にあまり気付いていなかったのかどうか、「あ、そんな技術があるんだったらうちも利用させてくれよ」というアメリカにいいように技術を使われ、挙句には生産技術を中国に積極移転したりして、結果としては日本とヨーロッパが「あちゃー」という具合になってしまった。

大東亜戦争というか太平洋戦争というか、あの戦争が始まる経緯というのもおそらくは似たようなものだったのだろうという気がする。日本は米英の繰り出す外交的な手練手管に対して、相手がびっくりするほど誠実に愚直に反応してしまったために、結果としてあのような事態になってしまったのだろう。それを日本側の失態と見るか相手側の陰謀と見るかは、あくまで歴史を読み解く側の解釈の違いということになる。

似たような事態は国際貿易に限らず国内市場でも起こっていて、科学的効果の方はともかく空気関連製品にはイオン発生器を付けとけだとか、画質への寄与の方はともかくデジカメの画素数は増やしておけだとか、使い勝手の問題はともかく携帯電話の機能は増やしておけだとか、その前には何でもいいから携帯電話は軽くしておけだとか、ビデオの水平解像度の本数を増やしておけだとか、まぁ昔からいろいろとあった。顧客に説明すべきは技術スペックだが、戦術の目的は売り上げの方にある。

当初はあくまで誠実で正当だった主張が、副次的な利益のためにその主張が必要以上に声高に唱えられるようになってしまい、当初の状況が変わって主張が否定されたり効力を失ったりしたあとにも大義だけが生き残り、それが過剰な信念の対象になって動かせなくなるというような現象がたびたび起こる。またその反動として、別な意味で誠実な態度を貫く研究者からの、ちょうど武田先生のような反論が起こって、今度は逆にかつての大義が悪魔の陰謀であったかのように叩かれるという現象も起こる。

まぁ実際に半分は陰謀であるわけなのだけれど、陰謀とか策略というものは、騙す方も悪いが騙される方も悪いという性格を持っていて、とにかく扱いが難しい。

今現在、民主党が政権を奪取していろいろと素人臭いことをしているが、そんな民主党が政権を取るに到った背景には、マスコミの情報操作が影響しているということが一部で信じられている。しかしそんなことを言うなら、ネット上での愛国主義の流行の背景にはCIAの情報操作が影響しているという、それはそれでありがちな陰謀も否定できない。実際にはほとんどの関係者が誠実に振舞う一方で、実際にメタな戦略による駆け引きなども一部で行われているのだろう。

戦争に負けてからの日本は、あからさまに言ってしまえば合衆国の属国である。安倍さんなんかは、極めてストレートな愛国意識を使ってアメリカへの隷属から独立を図ったけれども、結局頓挫した。一方の小沢さんは、中国や韓国というアジア各国のポリティカルパワーを使ってアメリカの支配に対抗しようとしているが、これにも角栄さん以来の手法でいろいろとケチが付けられている。

まぁアメリカがいいか中国がいいかで言えば、どちらかと言えばアメリカかなぁ、という気はするけれども、ギョーザとハンバーガーならギョーザがいいかな、という程度ではあるので、あんまりメタなところは気にしないで目先の欲に素直に生きるべきなんだろうと思う。

本当に生活圏の話だけでいえば、メタな部分を気にするよりも目先に与えられた大義に忠実に生きる方が、確実に利益になる。つまり、鉛フリー対策なんて馬鹿らしいよな、なんて言うエンジニアよりも、鉛フリー化の実現という経営目標の実現に死力を尽くすエンジニアの方が、確実に収入が増えるのだ。そんなの当たり前だろう、という話もあるけれども。

だいたい、きれいな大志の上には、いつもメタな価値を見つけることができる。企業とは民生の向上を目的として顧客第一なわけであるが、それによって経営者は生活を贅沢にすることもできる。技術者は新規技術の発展に貢献すべきわけであるが、それによって軍は敵より高度な兵器を作ることもできる。宗教は民衆の心の苦しみを取り除くべきであるが、それによって宗教者は財産を増やすこともできる。それぞれ、営業の上にはメタ営業が、技術の上にはメタ技術が、宗教の上にはメタ宗教が乗っかっている。

国際政治なんていうのは、そういうメタが5段重ねくらいになったメタメタな世界らしいのだけれども、佐藤マサルさんなんかは有能だが誠実だったためにメタが1段足りなくて、ユダヤ系知識人に飲み込まれてしまった結果として外務省から放擲されてしまったのだろう。メタな魔力を使うにはその力に同化する努力が必要だが、力を「利用」するためには相手から常に一定の距離を残すことが必要になる。まぁ難しいよなぁ、という感じはする。

誠実な人はどの分野にも必ず存在するのだけれども、そういう人々が最後まで誠実な信念の中で生きられれば幸いである。しかし一度メタな戦略に気付いてしまうと、なんというか、白けてしまうか割りきってしまうかの選択を迫られる。白けてしまうと、隠棲して清談に耽ることになる。割りきってしまうと、稀代の成功者になる場合と、稀代の大悪人になってしまう場合に分かれる。

小沢幹事長とか孫社長なんかは、傍目にもかなり「割り切ってるなこの人は」というのが透けて見える。両者とも、ともかくは成功者になったので、あとは大悪人にされてしまうかどうか歴史の判断を待つしかないのだろう。

しかしなんですね、タルムードってのは面倒な聖典ではありますね。偽善という言葉が可愛く見えるくらいで、底意地の悪さを通り越して、むしろ清々しい感じさえします。私には大乗仏典で十分だなぁ。まぁ、密教などもお釈迦様の教えからすると十分にメタ仏教ではあるわけですが。
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by antonin | 2010-05-12 11:51 | Trackback | Comments(2)
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Commented at 2012-06-04 12:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by antonin at 2012-07-08 23:13
コメントありがとうございます。

最近blog放置が続いていて、鍵コメに気づきませんでした。失礼しました。
「幸いな人」や「開き直った人」とのやり取りは時につらいものがありますが、なんとか乗り切りたいですね。
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