安敦誌


つまらない話など
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知るということ

お釈迦さんが悟りを開いてからつくった教団に、その名声が高くなってから参加した、お釈迦さんと同じシャーキャ族から出家した若い人がいた。その人が、家を出る時に帰りを待つと言ってくれた美しい娘が恋しいから家に帰りたいというようなことを言った。それに対してお釈迦さんが説法をして、結局その若者は教団に留まった、なんていう話が仏典に残っているらしい。

けれども、お釈迦さん本人は結婚もして子供もいて、そしてその苦しみも知っていて、それから出家した。恋はいつまでも恋ではいられないし、女というのはいずれ老い、そしていつかは死んでしまう。そんな儚いもののために苦しむよりも、そのはかなさを知って欲望の火を消すことで苦しみを離れるべきだ、という教えを説くようになる。

物欲についても似たようなことを言っていて、お釈迦さんは王族の王子として物に不自由のない生活を送ってから、いずれ壊れたり手放したりしなくてはいけない物に執着するのは苦しみの原因になるので、これについても欲望の火を消すべきだと言う。健康や寿命についても然りなのだが、お釈迦さん本人は比較的頑健で、80歳くらいまで生きる。中道を説くお釈迦さんだけれども、極端を廃する中道を悟るきっかけは、その道の修行者も一目置くほどの厳しい修行や瞑想を実際に体験した結果だった。

何事も、体験せずに聞いて知るのと、自分で体験してみるのとでは、理屈では同じでも、実際の感覚としては全く違う。まだ何かを体験していない人に対して言葉であれこれ言うのは、ちょっと酷なんじゃないだろうか、という気が、つねづねしている。極めろ、とは言わないにしても、ひとまず経験してみるということは、それが良いことであっても悪いことであっても、特に若い人については何かしら意味があるような気がしている。

コドモたちを見ていると、日々新しい何かを覚えていく。脳のシナプスの数が増え続けていく子供では、何かを経験すると、かなり高い割合でそれを記憶していく。ところがこの歳になると、脳細胞やシナプスは、増えないというよりむしろ減っていく。だから、何かを経験しただけではそれがあまり記憶になって残らない。

ところが中には、何かを知ると、それまで別個の知識としてあったものが、実は裏側で意外な形でつながっているのに気がつくことがある。そうだったのか、という驚きに似た気づきはこの歳になってもあって、それまで関連していなかったものが関連付けられるようになる。知識に対する解釈が増える。そうすると、ふたつの知識だったものがひとつの知識になり、そしてできた隙間に新しい知識が収まる。そういう因数分解のようなことを繰り返して、記憶は少しずつ効率のよい形になりながら、量は増えないが質としては向上していく。

子供は知るだけで記憶していくこともできるが、大人というのは知るだけではダメで、そのことについて考えないと記憶として残りにくい。その考える過程で、現実とは食い違う解釈によって記憶を効率化してしまうような考え違いが一定割合で起こる。その割合というのは若い頃の思考に関する訓練の質によって異なるが、それでも年齢を重ねるに従ってそういうエラーの蓄積というものは進むし、記憶の効率化にも限度がある。

何でもいいので体験を繰り返して個々別々の知識を増やすべき年代があり、考えれば考えるほど知識の質が向上する年代があり、最後には体力と共に知識の量と質の低下を甘んじて受け入れるべき年代がある。どの段階にあるのかということを意識しないで人を見ると、方法を誤るのではないかという気がする。

何かを知るというのは楽しいことだが、知識が増えるものからつながるものに変わってきているということは、自覚しておくと何かと都合がいいのではないかと期待している。
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by antonin | 2010-09-07 21:47 | Trackback | Comments(0)
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