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安敦誌


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マクロコスモスとミクロコスモス

子供の頃、寝床の中で眠れずにいろいろな考え事をしていると、とても小さなホコリのようなものが突然視界をふさぐほどに大きなもののように感じられて、その小さいはずの物の巨大さに圧倒される恐怖で冷や汗をかくというようなことが、ときどきあった。

よく、星空を眺めていると宇宙の広大さに比べて自分の抱えている問題がなんて小さいんだろうと気付いて気が楽になる、というような話を聞く。けれども私にはそういう原因不明の微小恐怖というような感覚があって、人間が実は矮小な存在であると気付いてしまうと、どちらかというと何かに押しつぶされるような息苦しい恐怖感を覚えてしまう。

宇宙の広大さを考えると気が楽になるという人は、人間の体がひとつの受精卵から分裂した数十兆の細胞からなる複雑な生命の集合体で、人間の意識が100億個を超える神経細胞の連携からなる中央集権的な情報処理の産物であるということを知ると、国家など軽く凌駕してしまう大規模なシステムについての最終責任を負っているという厳粛さに、思わず気が遠くなったりするんだろうか。

脱線を続けると、赤血球という細胞の滅私奉公ぶりには頭が下がる。動物の体の厚みがある程度以上になると、空気または酸素を含んだ液体を送り込まなければ、体の奥の方の細胞の生存を維持できなくなる。哺乳類のような高度な動物になると、ヘモグロビンに酸素を結合させて体内を循環させている。鉄イオンを核に持つヘモグロビン分子はそのまま血液中に溶け込んでいるのではなく、赤血球の中に閉じ込められている。ところが、この生物個体全体の生存を握っている赤血球には、細胞核がない。

赤血球も他の血球細胞同様に骨髄で細胞分裂して生み出されるが、細胞が成熟すると、赤血球は自らの生存に不可欠な細胞核を抜き取って捨ててしまう。核の抜けた赤血球は球状から中心の凹んだ皿状に変化し、その身を折りたたんで毛細血管の中を進み、炭酸濃度が高く血中pHの低いところでは酸素を放出し、逆に炭酸濃度の低い肺では酸素を吸収する。それを平均120日ほど続けると、掃除屋の貪食細胞に食われて寿命を終える。

また、生体内のエリート士官であるT細胞の生涯も、かなり凄絶なものに見える。赤血球同様に骨髄で生まれるが、若いT細胞は胸腺に集められる。人体防衛軍である免疫システムの士官学校に相当する胸腺で、T細胞は敵味方の区別、つまり自己細胞と外来細胞の区別について教育される。この過程で落第した細胞は、敵味方の区別なく攻撃する危険な細胞になりうるので、この胸腺の中で死を選択することになる。この士官学校を生きて出たT細胞たちは、実戦を経て特定の外敵に対する後天的免疫能力を獲得しながら、人体の健康を維持する役目を果たしていく。

こうした献身的活躍をする細胞たちの行動を統御するのが、新生児段階で細胞分裂を終えると最大で個体寿命と同程度の寿命を持つ、神経細胞たちの役割になる。神経細胞は互いにネットワークを作って合議を行ない、外来情報を元にして筋組織や免疫組織などに向かって電気的あるいは化学的指令を発していく。

小規模な動物では即時的な判断しか行えないが、哺乳類では情報の入出力端から何段も奥まったところにある中枢神経系に、さらに奥まった大脳皮質がある。人間の理性的な意識は、大脳皮質の中でも最も入出力端から遠い前頭前野が司っていると言われている。神経細胞の配下にある体細胞の代弁者とも言える大脳辺縁系が司ると言われる感情の突き上げを受けながら前頭前野は理性的な判断を下し、辺縁系を説得しながらその先にある人体を操縦する。

そういう人間理性の判断によって、人体を構成する100兆の細胞たちの生存と時時刻刻の物質的豊かさなどが左右される。そうした情報システムのバックエンドに当たる大脳前頭前野にある情報処理を一人称的に見たのが自己の意識であり、意識と直結しないフロントエンド部分で行われる情報処理が人間の無意識ということになる。

私たちは体全体の健康のために、あえて苦しい運動を行ってみたり、あえて食事を減らしてみたり、場合によっては傷付いた組織を切り取ってしまったりする。これは上記の視点に立てば、人体という巨大組織全体の命運を預っている大脳の神経細胞たちが、総体の利益のために個々の体細胞たちの不利益を決断しているということになる。また場合によっては、特定の体細胞の利益のために総体の死をあえて選択することもできる。ピアニストなどが腕を切り落とすくらいなら死を選ぶというようなケースは、こちらになる。

と、まぁ、巨大な人間社会のしがない構成員だと思っていた私たち個人が、実は1万人の社員を抱える大企業よりも、1億人の国民を抱える日本国よりも、65億人の人口を抱える人間社会全体よりも、桁違いに大きく且つ複雑なシステムの支配階級という運命を生きていることが、医学や生理学の知見からわかってしまう。

そういう支配階級として、献身的な体細胞たちとの関係をいろいろ想像してみると、大規模な組織の支配階級に必要な感覚というものも、自ずと透けて見えてくる。個々の構成員に対する責任についての厳粛さを忘れないことももちろん必要なのだけれども、ある程度はその責任の重さを感じないで日常を過ごせる鈍感さもまた重要なのだろうということなどは、なんとなく分かってくる。

実際に何かの人間的組織の長になるということは簡単ではないけれども、想像力と少しの知識があれば、自分の体のことを考えてみるだけでも、実は似たような理解ができる。英雄や武将の物語を読むのが好きな男性であれば特に、現場に対する理解のない神経系や愚かな友軍に翻弄されながらも、盟友であるB細胞やマクロファージに助けられて、果敢に外敵の侵入から人体を守るT細胞を主人公にした免疫系戦記などを想像しながら簡単な生理学を学んでみるのも、あるいは楽しいんじゃないかなどと思う。

人体というミクロコスモスの物語はこのように面白いのだけれども、宇宙のようなマクロコスモスの物語も、寿命が1000万年程度の生命があって、自分たちの生活に適当な寿命になるような質量を持った主系列星系を渡り歩いていくというストーリーを想像してみるのも、それはそれで気が遠くなるような感覚があって楽しいかもしれない。そういう生命からは、人間が「生きている」ということが、果たして観測可能だろうか。
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by antonin | 2010-09-12 02:31 | Trackback | Comments(0)
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