安敦誌


つまらない話など
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大人の都合

「都合」という熟語に、「都」という字が含まれるのはなぜなんだろう。そんなことを思って、辞書を引いてみた。広辞苑電子版の説明によると、「都」には「すべて」という意味があるらしい。「都合3万坪」などと言う場合の「都合」という言葉の意味は「合計」と同じになり、こちらが原義になるらしい。すべてをあわせるのが都合ということになるらしい。

念のため漢和辞典の方でも「都」を引いてみると、おおざとが部首になるところからも場所としての「みやこ」が原義になるらしい。へんの方は薪を積み上げたところを象形したものなので、「都」という字は人が集まったところという意味らしい。ここから「都」には集まるとか集めるという意味もあって、転じて、統べるとか全てという意味もあるようだ。

都合が良いとか悪いとか言う場合の方の意味はどのあたりから来ているのか、辞書の簡潔な記述ではわからないのだけれども、諸般の事情を集め合わせたところ、というような意味なのだろう。

ついでに「具合」という言葉も似たような使い方ができるので、「具」の字も字典で引いてみると、「そなえる」とか「ととのう」というような意味が載っている。都合が良いというのは万事うまくいく場合で、具合が良いのは準備が整う場合、というのが、本来的な言葉のニュアンスの違いということになるのだろう。


本題に入るけれども、子供の世界観というのは大人から教えられた世界で完結していて、そこに少々の想像力で大人の予想をはみ出した理解が加えられた世界に生きている。大人でも似たような世界観の中で生きている人もいるようだけれども、多くの人は教えられた世界観では説明しきれない世界の本質を体験していて、体験した事実の羅列を想像力で適当に補完しながら世界観を構成している。

子供の世界観を大人が上から観察するように、大人の世界観を上から見下ろす存在というのは今のところ実在しない(か、あるいは神としてしか存在しない)ので、想像力が補完した部分の真偽というのは侃々諤々の議論になるばかりで、結論が出ることは少ない。

ただ、世界が必ずしも単純なものではないということを多くの大人は知っていて、子供に世界観を教えるときには、自分の頭の中でもまとまりきっていない部分までは説明することができず、もっと簡略化した世界観を子供には教えておく。そこで子供は当然に疑問を抱くわけだけれども、そういう質問には「そういうものだ」とか「大人になればわかる」などと言ってお茶を濁す。

子供に説明する世界観に出てくる因子よりは、実際の大人はより多くのしがらみに糸を引かれながら生きている。結果として、子供に説明した内容と矛盾するような行動もとることがある。もっと単純には、大人とは子供の管理者であることも多いので、管理の「都合」上「都合の良い」ルールを子供に押し付けてみたりするが、当の大人というのは、ある程度他人の管理を受けながらも基本は自分で自分を管理している部分が大きく、子供に押し付けたルールを「都合良く」無視して行動していたりもする。

そういうわけで、子供から見た大人というのは汚く見えるものだが、大人には大人の都合というものがある。管理されている平社員から見た経営層の振る舞いというものは汚く見える場合も多いが、おそらくそこにも同じように、経営者には経営者の都合というものがある。ただし、ここでももっと単純に、経営層は平社員よりもずっと自己管理の部分が多いわけで、単純に自分に都合良く行動しているだけという事例も多いのだろう。

自分で自分を管理する人が、それでも周囲の都合を優先して振舞っているとすれば、その人に何が正しいのかという信じるべき像があるはずで、その像が周囲にとっても望ましいものだということなのだろう。

自分自身にそういう理想像がある人間からすると、その理想通りに振舞わない人間に管理されるのは苦痛だろうが、自分自身がその理想像と同じように行動できるだけの信念を持たない人間が、上に立つ人間にだけそういう信念を要求するのは、あるいは無理な注文なのかもしれない。おそらく、上には上の都合があり、自分自身もそういう都合にまみれてしまえば、きっと同様に振る舞ってしまうかもしれないし、場合によってはもっとひどい振る舞いをとってしまうこともあるだろう。

子供の親にもなるとそういうことも薄々見当が付いてくるのだけれども、そういう都合の存在を理解するというのと、その都合に斬り込んで人を操縦するという地点の間には大きな隔たりがあって、まぁ自分の周囲の具合を気にしておくくらいが、今のところはちょうどいいのかもしれない。
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by antonin | 2010-09-13 01:57 | Trackback | Comments(0)
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