「ほっ」と。キャンペーン

安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28
検索
最新の記事
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
光は本当に量子なのか
at 2015-03-17 23:48
自分のアタマで考えざるを得な..
at 2015-03-06 03:57
折り合い
at 2015-03-01 00:19
C++とC#
at 2015-02-07 02:10
浮世離れ補正
at 2015-01-25 01:21
記事ランキング
タグ
(294)
(146)
(120)
(94)
(76)
(64)
(59)
(54)
(45)
(40)
(40)
(39)
(32)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

犬族の話

バイオテクノロジーが進歩して、犬の脳が大型化し人間と同等の知能を持ったら、社会的にどうなるだろう。

--

彼らは知的には人間と同程度の水準に達しているので、人間が行っていた労働の一部に参加することが可能になったのだが、それでも肉体的には犬であるので、基本的に四本足で歩く。知恵があるので練習すれば二本足でも歩けるのだが、それでもやはり四本足で歩くほうが無理がない。

彼らは知性が高く文字を読むことができるのだが、手がないので文字を書く事は難しい。彼らは言葉を聞くことはできるのだが、声帯がないので言葉を話すことは難しい。それぞれ代用手段を持っているが、人間と同じ方法では、やはり困難である。

彼らは知性が人間並みで、およそ人間のように思考するのだが、感情的な面ではやはり犬であり、固定的な上下関係を非常に重視する傾向がある。そういう関係が守られないと、不安から異常な行動を起こしやすい。理性的にはそれを理解していて、感情的傾向をトレーニングによって克服することも可能である。

彼らの感覚器は全く犬のものであって、視覚は色盲であるが、嗅覚は非常に鋭い。したがって思考も幾何学的な方法よりも臭気で例えた比喩のほうが理解しやすい。

彼らは寒さに強いが、暑さには弱い。大型化した体と脳が発する熱量の発散は主に呼吸器と舌でおこなわれるので、30度以上の環境では氷をなめていないと命の危険がある。食事は肉食が中心で、ビタミンCは必須栄養素ではない。

彼らは人間に比べて0.1%程度の個体数を保っている。この犬族がどのように生きるべきなのかということについては、彼ら自身の中でも見解が分かれている。

犬族の知性は人間並みでも、肉体は犬であるので、業務に従事する際も四足歩行を基本とすべきであり、長時間の二足歩行は肉体的に障害が出る原因となるので禁止すべきという意見が主流である。一方で、二足歩行が全く不可能な状況であれば仕方がないが、現に二足歩行で業務に従事している犬族はおり、人間社会の一員として業務を遂行する以上は、そうした努力を払うのは当然の義務であるとする意見も根強く存在している。

人間側の意見としても犬族は四足歩行で業務に従事できる環境を整えるべきとする意見が主流であるが、実際の職場に四足歩行のための環境を導入できるかとの問いには、現実的には難しいという回答が過半となっている。

犬族の嗅覚の高さを生かせる分析業務分野では四足歩行に対応した業務環境が積極的に整備され、多くの犬族職員の中に少数の人間職員が混ざる割合であるケースが多い。こうした職場では犬族と人間の職員ともに、社会全体が犬族の身体的特徴に合った物理的あるいは手続き的なシステムを整備すべきであるという意見を主張している。

一方、一般的な人間社会の中で二足歩行やフラットな相互関係などに順応した犬族の意見では、少数派である犬族の側が人間に合わせる努力を払うべきであるという強い主張が見られることが多い。犬族に合った環境が整備されるのは理想であるが、多数派である人間の就労環境を少数派の犬族に適したように変えるべきであるという主張が犬族を雇用するコストアップにつながり、結果として犬族の活躍の場を狭める結果となるという意見もある。

--

肉体や精神の特徴が平均的なものと違う場合、そういう人間は平均的な傾向に合わせるべく努力すると当然利益を得られるのだが、代償も伴う。努力で平均的に生きることができる人もいれば、努力だけではどうにもならない人もいる。平均を外れるデメリットをカバーして余りある才能を有している人もいれば、そういう突出した才能を持たない人もいる。

想像上の犬族は嗅覚という天賦の才を有しているが、それが活かせる環境というのは非常に限られる。犬族の多くは、人間と同じではないということを理由に、不当な差別意識によってではなく単にコストの問題を理由として、人間社会の主流から排斥されるだろう。

先天的あるいは後天的に、平均的でない身体的特徴あるいは平均的でない精神的特徴を有している人間の立場というものは、想像上の犬族を考えることで尖鋭的に切り出すことができる。特に、人間の持つ潜在能力はほとんど同一のもので、環境あるいは本人の意識だけを理由として全てを説明できるという考えを持つ人も多い中では、より面倒な立場にあるとも言える。

犬族として生活することは無理だろうが、老人として生活してみた人は、いるらしい。

私は三年間老人だった 明日の自分のためにできること

パット・ムーア / 朝日出版社


[PR]
by antonin | 2010-11-12 04:27 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/14390438
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< デノミでもしようじゃないか 月の光 >>


お気に入りブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル