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安敦誌


つまらない話など
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もし高校野球の女子マネージャーがウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を読んだら

うん、ちょっと読み替えるとこれは役に立つかもしれないな。
なんのためにこんなに頑張っているのかわからない、って悩んでる部員も多いみたいだし。

1 大会は成立している試合の総体である。

1.1 大会は勝敗の総体であり、選手の総体ではない。

1.11 大会はいくつかの勝敗によって、そしてそれが勝敗のすべてであることによって、規定されている。

1.12 なぜなら、勝敗の総体は、どの試合が成立しているのかを規定すると同時に、どの試合が成立していないのかをも規定するからである。

1.13 対戦組み合わせの中にあるいくつかの勝敗、それが大会である。

1.2 大会はいくつかの勝敗へと分解される。

1.21 他のすべての試合の成立・不成立を変えることなく、ある試合が成立していることも、成立していないことも、ありうる。

2 成立している試合、すなわち勝敗とは、いくつかの得点の成立である。

2.01 得点とは、いくつかの進塁(走者)の結合である。

2.011 得点の構成要素になりうることは、選手にとって本質的である。

2.012 対戦においては何ひとつ偶然ではない。ある選手がある得点のうちに現れうるならば、その得点の可能性はすでにその選手において先取りされていなければならない。

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6.432 大会がいかにあるかは、より高い次元からすれば完全にどうでもよいことでしかない。主催者は大会のうちには姿を現しはしない。

6.4321 勝敗はただ問題を導くだけであり、解決を導きはしない。

6.44 感動とは、大会がいかにあるかではなく、大会があるというそのことである。

6.45 永遠の相のもとに大会を捉えるとは、大会を全体として──限界づけられた全体として──捉えることにほかならない。
 限界づけられた全体として大会を感じること、ここに感動がある。

6.5 答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない。
 は存在しない。
 問いが立てられうるのであれば、答えもまた与えられうる

6.51 問われえないものを疑おうとする以上、懐疑論は論駁不可能なのではなく、あからさまにナンセンスなのである。
 すなわち、問いが成り立つところでのみ、疑いも成り立ちうるのであり、答えが成り立つところでのみ、問いが成り立つ。そして答えが成り立つのは、ただ、何ごとかが語られうるところでしかない。

6.52 たとえ可能なルール上の問いがすべて答えられたとしても、大会参加の問題は依然として全く手つかずのまま残されるだろう。これがわれわれの直感である。もちろん、そのとき問われるべき何も残されてはいない。そしてまさにそれが答えなのである。

6.521 大会参加の問題を、ひとは問題の消滅によって気づく。
 (疑いぬき、そしてようやく大会参加の意味が明らかになったひとが、それでもなお大会参加の意味を語ることができない。その理由はまさにここにあるのではないか。)

6.522 だがもちろん言い表しえぬものは存在する。それは示される。それは感動である。

6.53 語りうること以外は、何も語らぬこと。授業の試験問題以外は──それゆえ高校野球とは関係のないこと以外は──何も語らぬこと。そして誰か教育論的なことを語ろうとするひとがいれば、そのたびに、あなたはそのプレーのこれこれの動作にいかなる意味も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい高校野球の方法にほかならない。この方法はそのひとを満足させないだろう。──彼は高校野球を教えられている気がしないだろう。──しかし、これこそが、唯一厳格に正しい方法なのである。

6.54 私を理解する人は、私のプレーを通り抜け──その上に立ち──それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。そのようにして私はいくつものプレーで指導をおこなう。
 (いわば、梯子をのぼりきった者は梯子を投げ棄てねばならない。)
 私のいくつものプレーを葬りさること。そのとき大会を正しく見るだろう。

7 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。


・・・野球部員は黙って練習してればいい、ってことだよね。
答えがわかる頃には、もう卒業して大人になってるんだ。

論理哲学論考 (岩波文庫)

ウィトゲンシュタイン / 岩波書店


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by antonin | 2010-11-17 11:55 | Trackback | Comments(2)
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Commented by tel at 2010-11-17 12:17 x
くだらねー
Commented by antonin at 2010-11-17 12:42
うひひ。

でも、序盤の方は「事実」とか「事態」とか「対象」とかそんな単語ばっかりで理解しにくかったのが、感覚的に把握しやすい単語に置き換えたら自分的に理解しやすくなった。
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