安敦誌


つまらない話など
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自虐史観について

世間一般で使われる語義でいくと、日本書紀に始まり、朱子学で味付けされて国学に仕上がった皇国史観こそが日本人の自尊心を高めるもので、対して戦後統治で押し付けられたところの東京裁判史観は日本人の自尊心を貶めるものであり、これを日本国自身が公立学校を通じて教育するならば、それは日本国と日本人にとっての自虐史観である、ということになる。その考え方というのは確かに理解できるのだが、自分自身の気持ちと照らし合わせて考えてみると、どうも直接には納得することができない。

私は敗戦から34年目の春に小学校に上がり、それから12年にわたり政府公認の東京裁判史観に基づく戦後教育を受けてきた。なにぶん子供であるので、正しいものとして目の前に提示されたものを批判的に受け止めることができず、それをそのままストレートに吸収することしかできなかった。そういうわけで、私の考えの根のところには東京裁判と日本国憲法をベースとした歴史観が横たわっている。

そういう教育を受けて、多感な高校生頃には平和のためなら殺人も辞さないほどの熱烈な平和主義者に育っていた。そういう平和主義の少年にとって、授業で伝え聞く日本国というのは、ある程度の矛盾を内包しつつも、やはり世界でも類例のない高潔な平和主義国家であり、東西の冷戦で軍備を拡大して疲弊する国々を尻目に、戦争を放棄しつつ目覚しい経済成長を遂げた、誇るべき祖国であった。

今では自分の中にあるそうした観念というものをある程度客観的に眺めることも可能にはなっているが、やはりどうしても論理と感情の間に介在するファームウェア的なものとして、その観念というのは今も動作を続けているように思う。そういう人間にとっては、平和主義は現実を知らない空想主義であるとか、大日本帝国が軍事力によってアジアを欧米列強の支配から開放したというような歴史観のほうがむしろ、自分が持っていた祖国に対する強烈な愛国心を蝕まれるような、自虐的な歴史観のように感じた。

もちろん、帝国陸海軍が快進撃を続けていると報じられていた時代に無垢な少年期を送った人間にとっては、同様に平和主義の称揚と戦争犯罪観念こそが愛国心を蝕む自虐史観と感じるということは理解できる。けれどもなんというか、どちらからどちらに振れるにせよ、子供心に刷り込まれた美学をのちに否定されるのは、何にしても自虐的な気分にならざるをえないのだということは、実感として言える。

歴史をいろいろ調べてみると、ある時代に信じられていた正義というのはどれも、どこかしら空理を含んだ観念であるということがわかる。一方で、哲学や心理学、生理学などを眺めてみると、人間というものは何かしらの観念を信じることなしには困難を乗り越えて生きられないということもまた、わかってくる。両者を突き合わせてみると、人間というのはなんと厄介な生き物なのだろうという結論しか出てこないのだが、まぁ、そこは時流の流れるままに任せるしかないのだろうという気分になっている。

自国の歴史の中にいくらか致命的な瑕疵があるからといって、直ちに自虐的な気分に陥らないよう、怒らず楽しくやっていけばいいんじゃなかろうかという気がするのだが、その実践の難しさもまた理解できるので、どうしたもんだろうか、などと思う。
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by antonin | 2010-12-11 19:29 | Trackback | Comments(0)
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