安敦誌


つまらない話など
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老害前夜

歳を取ると、色々と楽になってくる。

まず、日本のように儒教の影響が色濃く残る国には年功序列の気分が常識化していて、歳を取るというのはそれだけで地位の上昇を意味する。もちろんそういう単純な世界ではなくなりつつあるのだけれども、そうは言っても、保守的で穏健な組織というのはそこかしこに残っている。そういう場に身を寄せてみると、年齢の持つ暗黙の強制力というのかなんというのか、若造を脱するとそれだけで扱いが変わるとか、若い人が奴隷扱いされているのにそれに気付いていないとか、そういうことが多々ある。そこに物申してもいいのだけれど、緩やかに棹さして流れていると、まぁなんというか、楽なのである。

それから、生物的な限界のために、絶対的な威厳を誇った先輩たちが徐々に引退していく。職場から、であるとか、地域から、であるとか、この世から、であるとか。それはときに寂しいことではあるのだけれど、同時に、なんとも言えない重圧からの開放であることは間違いがなくて、そういうことで、楽になる。その抜けた穴を自分が埋めるのだという圧力はあるのだけれど、権力と尊厳みたいなものの追求をほとんど諦めた立場からは、そういう重圧は水中の10気圧みたいなもので、圧力の高さほどには苦しくない。

そして何より、ものを考えるのが楽になる。というのも、若い頃からそれなりに色々なことについて悩み、考え続けてきているので、多くの問題について、既に自分なりの答えを知っている。日々眼前に現れる問題は、大きく3種に分かれる。「答えのわかっている問題」「答えの分からない問題」「答える必要のない問題」である。若い頃は問題の大半が「答えの分からない問題」だったのだけれど、歳を取ると経験によってその比率が下がってくる。答えがわかっているか、答える必要がないか。このどちらかに収まる問題が増えてくるので、楽である。

そういう具合なので、歳を取るとどんどんと気分が楽になっていくのだが、楽をしすぎて考えるのを休みすぎると、いつの間にか考える力が失われていく。そして考える力を失ってしまったために、それでいて「答えのわかっている問題」を忙しく解決していく自分の姿への安心感から、自分の判断力が無力化しつつあるということに気づくことができなくなる。そういう負の連鎖が始まる。

ガロワ君とかゲーデル君とかのように、20代に閃光のような大業績を挙げる人もときどき現れるけれども、歴史上の天才たちの多くは30代から50代あたりの年代にacme(絶頂期)を迎えている。経験と論理力のバランスが一番整った年代なので、自然なことなのだろう。ただ、そういう「平凡な天才たち」にはよく見られることなのだけれども、若い頃には鋭い洞察力で世間の常識を打ち破っていたのに、その思想の後継者である若い人達の話を理解できなかったり、ある意見が「間違いだ」「くだらない」という結論を一度でも出してしまうと、その人の中では二度と意見が覆らず、しかもそういう人が過去の業績から既に業界の重鎮になっているために周囲の人々もそれに同調したりして、後の世から眺めるとちょっと残念に思うことも多い。

ケンブリッジのNさんだとか、ウィーンのMさんだとか、思想的にも業績的にも非常に優れているのに、後年に自分自身の思想の運用者としてちょっと難ありの状態に陥ってしまい、よりによって若い日の彼の思想の良き後継者たちを高みから攻撃したりなんかしていて、非常に残念に思うことが多い。

私も、結婚したり子供が生まれたり、金銭的報酬より精神的報酬を優先して仕事を変えてみたり、その過程で色々と苦しんで考え事をしてみたりして、その果てに、ようやく楽になってきたのだけれど、その安楽の先には自分の思想を正しく運用できなくなる自分の姿というものが薄く予言されていて、あぁ、まだまだ厄介があるんだなと思った。歴史上の偉人たちと違って、私はなんの業績も挙げていないので、もしかするとそういう心配はないのかもしれないけれど。
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by antonin | 2012-07-18 00:25 | Trackback | Comments(0)
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