安敦誌


つまらない話など
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円高の正体

代休っぽい理由で、自宅にいる。で、朝から読書なんかをしている。検診の結果、中性脂肪が高くて動脈硬化リスクが高まっていますよ、なんていう警告が出てしまったので、少しは運動などしないといけないなぁ、とも思っているが、運動のための運動というのは大嫌いなので、自転車に乗ってお寺参りにでも行ってこようか。

--

finalventさんが推していた「円高の正体」という新書が気になっていたのだが、古書価格が結構高止まりしていたので二の足を踏んでいたら、AmazonでKindle版が得られていたので、早速購入してみた。

円高の正体 (光文社新書)

安達 誠司 / 光文社


私個人の場合、内容的にあまり好ましくないが成り行き上目を通さざるをえない本というのは、意識的に古書で書い、読み終わったらすぐに売ってしまうケースが多い。こういう場合、私が払った代金というのはすべて流通業者に流れ、保証金のようなどんぶり勘定のフィードバック経路がある場合を除いて、版元や著者には流れない。ところが、電子書籍では代金が販売店の取り分を除いて発行元に流れる上、古書が流通して市場を食い荒らすことも未然に防止できる。

なぜ既存の出版社が電子書籍に積極的にならないのか理解し難いが、おそらく、過去の経験で身につけたノウハウが役立たなくなることを恐れている中年以上のスタッフが反対しているか、長年一緒に仕事をしてきた印刷や流通業界の幹部からの接待に、幹部クラスがほだされているからとか、そんなあたりなんだろう。


さて、本題。

本書の内容だけれども、日本のデフレの主要因は金融政策にあり、日本の不景気の原因の全ては日銀の不手際にある、という極端な主張をする人たちの理論的根拠がある程度把握できるという点で、参考になった。けれども、新書という形態の制限からある程度当然なのだけれど、議論が大雑把で、正当性を検証できるレベルではなかった。

つまり、「そのとおりですね」とも言えるようなデータではあるのだけれど、また同時に「こういう見方もできますね」と言えてしまう程度の単品データでもあるので、要するに緻密な議論ができない。新書で緻密な議論ができるようなデータを提出されても困るのだけれど、それとは別に、データの前後に主観的な主張が強すぎて、そもそも客観的な議論ができるような文脈ではないという問題もあった。

過去に読んだ「デフレの正体」でも事情は似たようなものだったので、結局は両者の意見を念頭に置いた上で、結局は基礎的な経済理論から、現下の社会モデルに参照して、事前仮定が成立しない理論を丁寧に除去して、成立する理論もその成立範囲をある程度確定して、その上で現実を説明可能な理論を再構築するしか、結局のところ手はないのだと感じた。このあたりがキリリと示されることを若干期待していたのだけれど、それは過ぎた期待だったようだ。

本書で、ライバルとなる「デフレの正体」に対する反論のようなものもあったのだけれど、思ったよりあっさりとしていて、1ページ分の文章と、表が1枚添えられているだけだった。つまり、日本より生産年齢人口が減少している国はあるが、その国でもインフレ率はプラスになっていて、デフレが起こっているのは日本だけですよ、という、あっけないほど簡単な「反論」だった。

デフレの正体 経済は「人口の波」で動く (角川oneテーマ21)

藻谷 浩介 / 角川書店(角川グループパブリッシング)


けれども、日本よりも生産年齢人口の減少が大きいとされる国は、主に東欧諸国であり、日本のような経済成長を終えた成熟国家ではなかった。そういう国では、社会資本も個人所有物も、まだ十分に揃っていない段階にあるのだから、人口が多少減少しても、国内需要が本格的な縮小に転じるまでにはまだ余裕が残っているだろう。

そういう意味で参考になるのは、日本に近い生産年齢人口の減少が始まったドイツくらいなのだけれど、ドイツのインフレ率も1.6%と非常に低いレベルになっている。そして、現在のドイツというのは既にユーロ圏内にある。独自通貨のマルクが生きていた時代ならいざしらず、通貨圏内に独仏などの成熟国家だけでなく、ポーランドや旧ユーゴスラビア諸国などの発展途上国を抱えた経済圏にある。ユーロ圏内にあるドイツのインフレ率を見るということは、円圏内にある関東のインフレ率を見るという処理に似ている。

そしてドイツ国内にも旧東ドイツ圏の発展途上エリアを抱えている。この地域ではまだ社会資本に対する需要がいくらか残っているだろう。さらにドイツは1560万人の移民を抱え、その割合は19%にも達している。元からのドイツ人4人に対し、移民1人が同居していることになる。移民たちは基本的に家族で定住し、ドイツ国内に残ることを希望しているらしいが、彼らが国内需要に対してかなり貢献しているだろう。また、移民の中にはドイツ国内で稼いだ賃金の一部を、故郷の家族に仕送りしている人もあるだろう。これは、通貨的には労働力の輸入と同じ効果をもたらす。こうした状況も、現在の日本の状況とはかなり異なる。

参照:【ドイツ】外国人・移民人口が19%に拡大[社会]/NNA.EU
(2010年2月のニュース)

非生産年齢人口には、未成年と老齢者の2種類があり、需要を押し上げる効果の大きい未成年と、その効果が小さく、むしろ保有資産の売却圧を生じる老齢者人口では、その効果が異なる。なので、単純な生産年齢人口の増減だけではなく、多産多死から少産少子への移行による生産年齢人口の現象という、人口オーナス状態の例を探し出して比較する必要がある。しかし、こうした状況に対して無対策で放置されている国家は、現在の日本と10年後の韓国くらいしかないので、データが少なく直接的な反証はできない。それに対してごく簡単なデータで反証しているということそれ自体が、むしろ不誠実に感じられる。

また、本書のテーマのもう一つは、円高は常に悪で、良い円高など存在しない、というものだった。この点が強調されすぎて、論がずれているところも多々あった。産業構造が輸出超過であれば、円安のほうが良いに決まっている。中国の元が安値誘導を続けていて、それが欧米に批判されてるのもそうした理由だろう。ただ、それを解消するのが金融政策にしかできないという理由が知りたかったのだが、そうした説明はなかった。

円安になれば輸出が増大してGDPを押し上げるというグラフが出ていたが、そんなのは当たり前であって、金融緩和の拡大が必要という論拠にはならない。また、掲げられていたグラフは、長期的には正弦波振動に近い波形をしており、円安が黒字の拡大方向に押し上げ、次に黒字拡大が為替を円高方向に押し下げるという循環振動に過ぎない、としても説明可能なグラフだった。つまり、ひとつの振動のサイン波とコサイン波を見ているだけではないかと。

むしろこのグラフの語るところは、円高基調でも円安基調でも、常に貿易黒字超過の状態が続いているという点ではないかと思う。日本の貿易市場には不当に過剰な輸入障壁が存在するために、本来の為替相場がもたらす適正な貿易収支より過剰な黒字超過の状態に陥っており、それが原因で適正な為替水準よりも円高に傾いてしまっているのではないか。日本の高い規制水準も、一部には不当に強い非関税障壁として残っているし、米の輸入は関税障壁しかないが、その税率は常識的な関税率の水準を大きく超える値になっている。

日本は外国人労働者の入国にかなり厳しい制限を課しているが、これは労働力に対する輸入障壁と見ることができる。外国人労働者が母国へ送金する際に税金を課せばそれは関税障壁に相当するが、入国段階で厳しく審査して入国を絞るのは非関税障壁に相当する。これらの輸入障壁が貿易不均衡をもたらし、人為的な貿易黒字体質によって、輸出産業が一方的に不利益を被っているというのが、今の日本の状態なのだろう。

そういう状態に対して、市場が本来要求する水準よりインフレ方向へと、金融政策によって人為的な為替相場の操作をするという対症療法をすることを本書では主張するのだけれど、不均衡な輸入障壁を取り除き市場による自然な相場調整力によって為替水準を均衡させるという、根治療法の方が適切だと思う。TPP加盟は、少なくとも根治療法の推進力として使うには妥当なものだろうと思う。

短期的には投機取引による相場調整力が主要因となるが、長期的には結局相場を上下する要因は実需が支配的になると考えるのが妥当だろう。先物取引にしても、最終的な損益を確定するのは現物の受給なのだし。外貨を円に替える必要のある輸出ばっかり積極的で、円を外貨に替える必要のある輸入を一方的に制限していたら、短期的にはともかく長期的には過剰な円高に傾くのは当たり前だと思うのだけれど、本書ではそんな話が「嘘」や「誤解」だとされている。

それから、本書ではFXの取引に関する意見などがコラムに書かれていたが、これは思い切り蛇足だろう。経済学が対象とするような、短くても月単位、場合によっては10年単位の傾向を扱う理論と、FXが意識するような、長くとも月単位、短ければ分単位の取引が示す傾向は、原理が全く異なる。そういうものに対して本書のようなマクロ指標を説明する本が意見を述べようとすべきではない。通貨取引など、本業のトレーダーはパケット遅延時間が問題となるようなミリ秒単位の取引でも勝負しているのだから、明らかの本書の議論対称を外れる。

と、批判が山のように噴出するのだけれど、逆に本書を「知ってた」と思いながら読める人にとっては、「デフレの正体」が突っ込みどころ多数で読めたものではないと感じるのだろう。とりあえず批判的な目で一読したので、今度は参考になる意見を抽出しようという目で再読してみる必要があるだろう。おそらく、「円高の正体」も「デフレの正体」も、6割の真実と4割の誤謬で構成されているのだろうから、その6割ずつを抽出して合成していく必要があるだろう。


結局のところ、需要過多では価格が上昇し、需要過少では価格が下降するという基本原理で説明がつくのだろうが、あるパラメータが別の経路を通じて需要や供給に対して再帰的なフィードバックを起こすので、そのフィードバック経路や寄与率をどう算出するか、というのがキモになるのだろう。特にデフレ下ではインフレ率の符号が逆転しているので、正数域を暗黙のうちに仮定していた関係式のうちいくつかはすでに破綻している。

また、経済学では市場のプレイヤーが合理的判断をすると仮定しているが、初歩的な物理学が摩擦や空気抵抗を無視するように、初歩的な経済学も同様の仮定を持ち込んでいる。例えば、法令による制約や、会社同士やキーマン個人間のお付き合いなどによる、取引の非合理性による効果は無視されている。現在の経済学の体系というのは基本的にキリスト教圏の生まれなので、キリスト教圏の、特にプロテスタント圏の商取引の特性を忠実に表している。しかし、ちょっと京都的なお付き合い精神が随所に残されている日本経済では、多くの指標がもう少し膠着性優位の特性を示すので、既存の経済学の単純な適用は難しい。

たとえば、経済学の常識では金利を下げると資金調達しやすくなり、銀行の貸出が増え、結果として市場に出回る資金量は増えるとされている。そして逆に、金利を引き上げれば市場から資金が回収できるとされている。しかし、その理論の前提として、資金借り出しの主導権を握っているのが需要サイド、つまりお金を借りる企業側にあるという暗黙の仮定が存在している。しかし日本では実質、借り出しの主導権は企業側ではなく、供給サイドの銀行側にある。ここで、ごく基本的な経済原理でさえも、その有効性が大きく制限されることになる。

企業が、今は低金利だからぜひ資金がほしいといっても、貸し手である銀行にとって金利による利潤が手数料として成立しない条件下では、銀行はなかなか資金を貸し出そうとしない。特にデフレ環境下では、国債を買ったり日銀口座に塩漬けにしておくのが一番高い実質金利を産んでしまう。企業は資産が不足しているからそれを増強するために資金を借りようとしているのに、担保として過剰な資産を要求されたりする。つまり貸し渋りが発生する。

一方高金利下では、市場の旺盛な需要によって潤沢な現金資産がある企業が多い。そのような状態でも、銀行にとっては予想インフレ率が高い状況で高い金利による金利収入が見込まれる。そのため、貸し出しノルマを課された銀行の営業員が、企業に対して本来必要とされない資金を貸し出そうとし、場合によっては貸し出し済み資金の引き上げなどをちらつかせて脅しを掛けながら、レバレッジの利いた冒険的な事業展開を半ば強制的に提案したりもする。つまり押し貸しが発生する。

一斉に行われる押し貸しによって潜在需要を超えるバブル景気が発生するが、それを沈静化しようとして中銀が金利を引き上げても、金利上昇によるインフレ期待から、銀行の貸し出しはむしろ積極的となり、市中の現金は増大する。そして総量規制などの直接的な金融的引き締めを実施すると、今度は銀行主導による貸し剥がしが発生し、各種相場は雪崩をうって暴落、最後には潜在需要を下回るレベルまで資金供給が滞るようになる。個人の感覚としても、銀行系クレジットカード会社などが高金利のリボ払いを執拗に薦めてくる態度などから、そういう傾向は明らかだろう。

このように、資金の供給サイドにある銀行の社会的な権力が、需要サイドにある企業や個人よりも目立って強い場合、良心的な経済学が仮定するような、両者が対等な立場にあるか、あるいは実業の側が若干優位にあるような状況が成立せず、金利政策のような極めて基本的な理論でさえ破綻してしまう。リフレ派の意見は大部分が経済学の理論による演繹から成立しているのだけれど、日本の状況を考えると、成長企業に対する妨害として働く法令や商習慣によって、論拠の多くが破綻しているか、または限定的な寄与に留まっているように見える。

なので、現在の日銀がリフレ派の言うような大規模なマネタリーベース拡大を拒否しているのは、今の日本がデフレに陥っている主要因が、金融要因ではなく法令体系などの政治要因にあると考えており、そうした諸々の政治要因を解決することなく金融政策だけインフレ側に倒すと、きっと後悔することになると考えているからではないかと思う。

日本の中銀のレベルはFRBに比べると見劣りする、などといってリフレ派の人は日銀を口汚く批判するのだけれど、日銀というのは単なる造幣所ではなく、各種の通貨指標を時々刻々と収集しているモニタリングセンターでもあるので、自分たちの金融政策が実体経済に対してどのような影響を与えているのかということについては、外部に公開されるサマリー情報しか見ていない人に比べ、ずっと高い精度で認識しているだろう。また、過去の金融政策の失敗について、多様なレポートを読んでいるはずだ。

なので白川さんとしては、どのような批判を受けてようと、政治サイドが適切な法改正などによって産業の成長方向にある障害を取り除き、供給資金が変なところに流れ込んで終わるような市場構造を是正するまでは、絶対に過剰な金融緩和はしないという覚悟を決めているのだろう。実際に日銀が管理調整しているパラメータは物価だけではなく、もっと多岐にわたるバランスを見ているが、リフレ論者の意識は物価にしか向いていない。


今回、総選挙の投票率が過去最低だったらしい。それはなぜかというと、自民党に投票しようが民主党に投票しようが、党内選挙によって誰が首相になるかによって主な政策が決まり、選挙公約が守られないということを実感したからだろう。どこに投票しようが、投票結果とは関係ないところで政策が決定されるなら、投票するだけ無駄ということになる。そういう意味では、野田さんは日本の間接民主主義を破壊してしまった。私は野田さんの取った政策を強く支持するけれども、プロセス的にはひどかったと思っている。

過去、堀江貴文さんがIR情報を偽装したことで逮捕された。そのあたりまでは妥当だったと思う。実業を撹乱するマネーゲームというのは制限されるべきだと思っている。けれども、彼がその程度の罪で、しかも初犯で実刑を食らって服役中だということは、日本の若い人たちに、日本国は新規事業の発展による経済成長よりも、既存権力の維持に注力しているということを高らかに宣言してしまった。そんな情況下では、誰も革新的な事業を起こそうなどとは思わないだろう。なにしろ1回のミスでムショ行きである。そんな危ないものに手を出すほうがバカである。

今の社会制度設計のままで大規模な金融緩和をしても、(リフレ派にとって)想定外の結果が生じ、また別の意味で日銀批判が沸き起こるのは目に見えている。過去の金融緩和によって、日銀は金融政策の無力感を骨身にしみて感じているだろう。リフレ派は単に規模の問題としているが、それを直接語るデータは存在しない。

獲得された無力感というのか、自分の行為が結果に影響をもたらさない、あるいは悪影響をおよぼすことを学習したとき、人は消極的になる。そういうあたりの学習をクリアして、あなた達は成長できると思わせるような制度的サポートをしないと、日本が再び経済成長することはないと思う。それを、日銀の口座に見せ金が溜まっただけで日本の景気が良くなると考えているなんて、どれだけ楽観的なんだろう、などと思ってしまう。


本来の市場主義というのは競争による社会発展を目指していて、必ずしも自由主義を取らない。つまり、本当に市場を無制限に野放しにしてしまうと、最後は寡占企業によって市場を独占されてしまい、市場が成立しなくなってしまう。そこで、市場に参加する企業の権利を国家がある程度制限し、複数の企業が競争状態になることを強制する。そうした強制の代表的なものが独占禁止法になる。完全な自由主義であれば、独占であろうがなんであろうが常に一番強いものが勝つのだけれど、市場主義は市場に参加する強すぎるプレイヤーの権利を制限し、2番手以降のプレイヤーを常に確保することで、取引の選択権確保による競争の活発化と、競争による社会発展を目指している。

今の日本でリバタリアンを自称する人が増えているというのは、今の日本では本来の市場主義にとって適正な規制のレベルを超えた、過剰規制が実施されている実情の反映なのだろう。本当に優れたパフォーマンスを示すシステムというのは、少数の厳密なルールと、その範囲内での自由がバランスよく成立している。国家経済というのも一種のシステムだから、そこでリバタリアンが増えるということは、雑多なルールが過剰になっているという証拠だろう。

自由主義の果てにある極端な資本主義社会では、社会主義が理想像になる。社会主義の果てにある極端な共産主義社会では、自由主義が理想になる。20世紀の社会主義の敗因は私的な産業資本を壊滅させてしまったことにあるし、21世紀の資本主義の混乱の原因は、社会主義的要素を排除し過ぎて中小企業や消費者個人の体力を奪いすぎたことにある。社会主義国が国際社会から退場してしまい、自由主義の寡占状態になったことで国家システム間の競争が弱まり、結果として寡占状態にある自由主義の品質が劣化した、というのが正直なところだろう。

理想的な市場主義というのは、なかなか理想的な中庸を備えていると思うけれども、なにしろ中庸というのは相対的な目標でしかないので、絶対的な目標点を掲げる主義主張に比べて説得力に乏しい。そろそろフォーディズムあたりの中庸に回帰して欲しいと思うけれど、果たしてうまくいくかどうか。

けれどもなんだか一方で、こういう誘惑もある。使える手はなんでも使って、もう一度狂乱物価を呼び、銀座にドンペリが乱れ飛び、目黒にフェラーリが列をなし、地方には大観音が林立するような社会を再現してしまえ、と。もし本当にそんなことになったら、若い人たち、あるいはこれから生まれてくる人たちは、さぞ迷惑だろうけれども。
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by antonin | 2012-12-21 14:13 | Trackback | Comments(2)
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Commented by tel at 2012-12-25 12:21 x
>日銀が管理調整しているパラメータは物価だけではなく、もっと
>多岐にわたるバランスを見ているが、リフレ論者の意識は物価
>にしか向いていない。

その通り。
大事なのは金融政策と財政政策のバランスよね。
昨今の日銀悪玉論には辟易。
Commented by antonin at 2012-12-28 00:31
> tel

おひさ。コメントありがとう。

自民党も、国債増発して財政投資するから日銀の買いオペで国債価格を維持しろと言っているし、そういう意味でのバランスは取れてる。そこじゃなくて、マネーをいじるよりも規制緩和とセーフティーネットという、やり残し課題をきちんと片付けるのが先でしょう、と思ってる。

で、まあ、ああしたほうがいいのに、こうしたほうがいいのに、とかは思うのだけれど、自分より頭が良くて経験のある人の意見を、自分の理解水準で詰るのはある種の快感ではあっても、自分自身の理解力をそれほど信頼していないということもあって、どことなく天に唾している感覚もある。

http://www.anlyznews.com/

↑このくらいの精度の議論がしたいけれど、正直無理。
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