安敦誌


つまらない話など
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復興と防災

「放射能の害」というのは、福島第一原発の最前線で頑張っている人たちを除けば、まあ実在しないのだけれど、「放射能の心配」というのは厳然と存在するし、そこには害もある。物理的には存在しないが、心理的には存在する。厄介だと思う。

東北の復興というのは、まだまだ足りないのだけれど、心配というのは徐々に減っている。放射能の心配に半減期がなさそうなのに、仮設住宅からの脱出や故郷での私生活への復帰についての心配は、順調に対数減衰しているようにも見える。

職場からのイベント参加ということで、南三陸町の、あの防災センターの跡地を訪れたことがある。建物は、言ってしまうとそれほど大きいものではなかった。その屋上まで海水に飲まれたというと確かに驚くが、ビルとしてはこじんまりとしていた。鉄骨は真新しく、そこで起こった現実の悲劇からすると、あまり外見として悲劇的な印象はなかった。ただ、周囲の空虚というのか、道路のアスファルトを除くと、コンクリートと土がむき出しになっている小さな平地が続いているだけという風景が怖かった。

景色を見た。確かに自分の目で現地を把握したけれども、多くの人が死んだ現場を物見遊山で訪れているような後ろめたさがあって、感想も書けないでいた。仮設の商店街にあるお土産屋さんで若干の食品を買って郵送してもらったが、経済効果という程のことはなかっただろう。

とある駅で震災復興の募金をしていた人を冷たくあしらったこともある。政府の救済でさえ信用ならないのに、どこの組織の指示かもわからない募金など信用できるものか。そうは思うのだけれど、我ながら冷たいなとも思った。

無関心は罪である、とは言うけれども、人間の関心というのは有限の資源であって、あれもこれもという訳にはいかない。効力を発揮するにはある程度の選択と集中が求められる。残念ながら。

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解呪 : 安敦誌

まだインド洋大津波も発生していない頃、冗談めかして上のリンクにあるようなことを書いたのだが、まさかこんな恐ろしいことになるとは思ってもみなかった。

84年を越えて : 安敦誌

プレートテクトニクスの仕組みからすると、地殻に蓄積する歪の量というのは年数に比例するから、地震のマグニチュードと頻度を対数プロットすると、だいたい直線に乗る。個別の話をするとフィードフォワードというか冪乗則というか、そのあたりが利いてくるのでランダムになって予測不能になるのだけれど、事後にプロットしてみると、統計的に見て周期性が現れるのはそれほど異常なものではないということになる。

関東大震災がいつ、どの規模で起こるか、というようなことは何も言えないのだけれど、そろそろ発生してもいい頃だね、というのはデータとして無理がないものらしい。富士山の噴火についても似たような状態だという。地震が近いとして、常識的な備えを続けていくより他に方法はないのだけれど、今も都内には木造住宅が密集していて、ある程度の規模の地震が発生すると、倒壊というより、よく燃えるのだという。

私の母が生まれたあたりは墨田は向島の近くで、母が1歳になるかならないかのうちに空襲で焼けてしまった。その後親戚の家を転々としていた中で、数年は神戸の長田港に近いあたりに住んでいたらしい。今は商業港になっているが、当時はあまり品のいい街区ではなかったらしい。近所に住んでいた朝鮮系の人が朝鮮漬け(キムチ)をくれるのだけれど、臭いからといって祖母がこっそり捨てていた、なんていう話も聞いたことがある。そのあたりも随分後だけれど阪神大震災の被害に遭った。母は今、板橋に住んでいるのだが、運の悪い人なのでその辺りが心配だ。

あまちゃんフィーバーもいいけれど、今は東北の人たちを手厚く支えていきましょう。明日は我が身、ということで。
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by antonin | 2013-08-21 01:56 | Trackback | Comments(0)
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