安敦誌


つまらない話など
by antonin
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音楽

考えない練習もぼちぼちと進んでいて、というよりは処方が安定している方が影響は強いと思うのだけれど、ともかく、余計なことを考えすぎる頻度は下がっている。本は、読んでいるけれどもペースは遅い。ただ、それだといくらか退屈する。孤独も死もさほど嫌ではないが、退屈は嫌だ。耐えられない。というわけで、ネットで検索とかは日常的に繰り返している。

そうしたら、変なところで自分の書いたページがヒットしたりする。そりゃまあ確かに、自分の興味関心と一番マッチするのは自分の書いたものだよなぁ、と、そんなことを思った。最近はWeb上のターゲット広告が阿呆なのでちょっとゲンナリすることも多いが、そうは言ってもそういう広告のお陰でネットは事実上の無料アクセスを実現しているのだと思うと、文句ばかりも言えない。

さて、そういうわけで、「音楽」タグなんかをひっくり返して、非公開記事に貼ってあるYouTubeの動画などを再生している。動画と言っても、画面は真っ黒で音楽が流れてくるだけなのだけれど。まだどこかのレコード会社が版権を持っているような録音なので、一人でこっそり聴いている。しかしまあ、CDでも持ってたよな、これ、ということで、CDケースから久しぶりにCDを引っ張り出してきてiTunesに食わせてみた。

本当は、40分くらいかけてゆっくりと交響曲なんかを聴く余裕が生活のどこかにあるといいのだろうけれど、なかなかそういう具合にいかない。公私共にいろいろな付き合いがあるし、最近は外出先でもネットに繋がったりして、刺激が多い。19世紀の音楽に耳を傾けるような余裕が取れる瞬間というのは、そんなに多くは巡ってこない。

でも、やっぱり、若い頃に聴いた音楽をゆっくり聞いてみるってのは落ち着くな。学生時代に一人音楽を聞きながら読書していた頃の気分を思い出す。

「考える生き方」にも書いてあったが、私が最初に通った大学にもキャレルを備えた図書館があり、いつもそこに入り浸っていた。元々都心に校舎があったのだが、バブルの影響で郊外に移転させられた。その時に建てられた真新しい図書館で、バブル期特有のコンクリート打ちっぱなしの外壁に、コンクリートに直接彫り込まれた文字で "VERITAS VOS LIBERABIT" と書かれていた。当時はなんのことやらわからなかったが、後になって調べてみると、ラテン語で「真理が諸君を自由にする」というような意味らしい。

クローズドタイプのヘッドフォンで音量を控えめにして音楽を聴いていても、それが5時間にもなるとやはり耳が痛くなってくる。日が傾く頃になってヘッドフォンを外すと、外からヒグラシの声が聞こえてくる。だいたいそんな夏の過ごし方をしていた。バイトなどもしていたが、熱心というには程遠く、1年次のバイト代はPCの購入で全て消え、2年次のバイト代は運転免許の取得で全て消えた。

PCを買おうとしてバイトしていた1年次に、当時はまだ都心にあった校舎に併設の図書館からC言語の教科書を借りてきて、ノートにコーディングしてプログラミングの練習をしていた。当時はコンパイラも安くなかったし、いろいろと苦労はあったが、それでも若さというのか、とにかく楽しかった。まだ技法というほどのものは身に付いていなかったが、構造化プログラミングくらいなら実験データ処理用のポケットコンピューターのBASICプログラムでも実践できたので、Newton-Raphson法とかRunge-Kutta法とかの数値解法プログラムを組むのにもいくらか役に立った。ゲームも少しだけ作ったが、機械語は当時はまだ知らなかった。

んー、昔話がしたかったわけではないのだけれど。音楽は、脳の中でもより身体的な部分に効いてくるので、もっと積極的に聴いたほうがいいんだろうな、なんてことを、久しぶりに思った。ちなみに今聞いているのはこれ。

Amazon.co.jp: American Suite, B.190, Op.98b: II. Allegro: Royal Liverpool Philharmonic Orchestra: 音楽ダウンロード

USに比べると倍ぐらいするんだなぁ。

American Suite, B.190, Op.98b: II. Allegro

うちのは過去のCDを寄せ集めた交響曲全集的な6枚組のやつですが、録音は同じはずです。

ドヴォルザークは大器晩成型で、名曲は50代に集中しているんだけれど、彼の晩年はもう20世紀に頭を突っ込んでいて、国民楽派とか後期ロマン派というのは時代的にもう飽きられていた。なので、新世界とかチェロ協奏曲みたいな大作を別とすると、案外いい曲が知られないままに眠っていたりする。一部の曲はクライスラーが小編成に編曲してくれたおかげで有名になり、現代でも演奏される機会が多いけれども、それ以外の無名の曲でも有名な曲とそれほど質的に変わるものではなく、ドヴォルザーク好きにはたまらない名作が多い。

そういうのを探してみると楽しいのだけれど、時代はいよいよビート系ポップス全盛で、クラシックは電子メディアにもあまり真剣に相手にされなくなりつつある。ビート系って、子音の多いゲルマン系の言語には実によく合う音楽なのだけれど、ラテン語とかギリシア語とか日本語とか、母音の多い海洋系の言語にはちょっと合わない。日本で音楽が売れなくなっている一因に、楽曲のゲルマン化が進みすぎているというのもあるんじゃないだろうか。「んあ~~」とか「ぅお~~」とか鼻歌歌える曲って減っている気がする。クラシックもメロディアスな系統は基本がイタリア音楽なので、日本人にも歌いやすいものが多い。
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by antonin | 2013-09-06 02:09 | Trackback | Comments(0)
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