安敦誌


つまらない話など
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鶏頭となるも牛糞となる事勿れ

3歩歩くと、それまで覚えていたことを忘れてしまうのを鶏頭(ケイトウ、じゃなくて、とりあたま)と言うけれど、最近どうも、この症状が強い。

もともと、子供の頃から注意欠陥障害的な性質があった。けれども多動性はなくて、どちらかと言うと過集中の傾向だった。普通の人はある事象に集中していても、回りから声を掛けられればそれに気付くし、ちょっと物思いを巡らせても、すぐに目の前にある作業なり会話なりに戻れる。けれども過集中の場合、文章を読むにしても物思いを巡らすにしても、そちらに全神経が集中してしまって、その他の環境刺激に対する感度が非常に鈍くなる。ムスコ1号にもこの性質が遺伝しているらしく、テレビに見入っている時に声を掛けてもなかなか反応しない。

普通の人の「集中」の仕方が拡散照明みたいなもの、つまり中心がやや明るいけれども前方が全体的に明るく照らされているような照らし方だとすると、過集中の人の「集中」はスポットライトのようなもので、集中している点は非常に明るく照らされているけれども、その周囲は真っ暗、というような注意の払い方になってしまう。これはこれでひとつの課題を完璧に済ませるには良い特性ではあるのだけれど、普通の環境ではむしろ「周囲が真っ暗」の弊害のほうが強く出てしまう。

そういうスポットライト的な注意の払い方をする脳を持っているので、スポットライトの向きを変えてしまうと、それまで注意していた作業がすっかり頭から消えてしまう。で、新しくスポットライトを当てていた作業が一段落すると、仕掛りの仕事がぜんぜん進んでいないまま放置されていたことに気づいて慌てることになる。場合によると、仕掛りの仕事を思い出させるような物(reminder)が目の前に存在しない場合、そのまま仕掛りの仕事の存在を忘れてしまうようなこともある。

そういう傾向は子供の頃からあったのだけれど、最近になって、本当にいろいろのことを忘れるようになって、ほとんど短期記憶障害と呼べるんじゃないかというレベルになってきた。軽く痴呆になってしまったような感じもして、まずい。

20代の半ばから抗鬱剤みたいなものを飲み続けているけれども、大うつエピソードみたいなものは最初の3ヶ月ほどで終わり、あとはだらだらと新型うつ病を続けてきた。この新型うつ病と呼ばれる症状は、個人的な考えだと、昔で言う神経症の人にSSRIみたいなセロトニン強化型の新薬を適用することで、それまで社会的な圧力に合わせて本来のFree Child的な性格要因を抑圧してAdaptive Child的な性格を前面に出して生きてきた人が、セロトニンの効果によって抑圧が解け、Free Child全開の人格になってしまったものなんじゃないかと考えている。

これはアメリカなどの社会文化では恐らくあまり問題にならなくて、「精神が自由になって良かったね」というように肯定的に見られるのだろうけれども、日本の社会文化では「病人らしくない、遠慮がない、しおらしさがない」というように批判的に見られ、新型うつ病などと名付けられ、治療の結果が結局は新たな社会復帰の障害となっているように見える。

日本社会ではFree Child的であることは余程の才覚がある人以外にとっては悪い特徴とされ、Adaptive Child的であることは「真面目」と捉えられる傾向がある。最近良く目にする「『いい人』をやめよう」というのは、このAdaptive Childを解放しようという話なのだけれど、日本社会は解放されたFree Childをすんなり受け入れてくれるNurturing Parent的な社会ではなくなっていて、全体的にCritical Parent優勢であったりするので、そんなに簡単な話ではない。みんなAdultになればそれがいいのだが、そんなバルカン星人みたいな人間はそもそも少ない。

それは別として、比較的短い期間にしても大うつエピソードや拒食に近い生活エピソードを若いうちにやってしまうと、どうも海馬が萎縮してしまうらしい。海馬は大脳の中でも珍しく可塑性の高い組織なので、萎縮の具合が軽度であれば回復もあるらしいのだけれど、重度であると回復にも限界があるらしい。もともと加齢によって海馬の機能というのは徐々に落ちてくるのだけれど、若い頃に海馬の萎縮をやってしまうと、機能低下が早いうちから現れてくるものらしい。ひょっとすると最近の鶏頭現象も、若いころの大うつエピソードが影響していたりするんだろうかと、最近思い始めた。

もしそうだとすると、このまま進めば80歳前後で痴呆の症状が出始めることになるから、健康に気遣うよりは、程々に不摂生をして70代のうちに身体的な要因で天に召されるように仕組んでおいたほうが良さそう、という具合になる。まあ、客観的な根拠はないのだけれども。

海馬を長持ちさせる対策は散歩と会話らしいのだけれども、日常なかなかそういう時間を取るのも難しい。なにかうまい手はないだろうか。
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by antonin | 2013-09-29 12:25 | Trackback | Comments(0)
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