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安敦誌


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やや構造主義的に見る婚姻と雇用

ソースは面倒なので省略するけれども、結婚制度を緩和して、家族構成によらず育児を支援する社会システムを構築してきた北欧の国で、男女別の子供の人数を調査すると、女性は比較的均質な結果になるけれども、男性は過去に比べて子供を多く持つ人と子供を持たない人の格差が広がったのだという。簡単に言うと、結婚制度という人為的な規制を緩和して、市場原理的な、言い換えると淘汰原理的な状態にすると、次世代の個体数という指標で女性より男性の格差が広がったのだという。そしてこれは、ヒトという種の自然なあり方が復元された状態なのだと思う。

個体寿命は別として、生殖期間の長さで測ると、男性のほうが女性より長寿になる。ちょっと余裕を見て、生物的な生殖期間は男性が15歳から70歳くらい、女性が15歳から40歳くらいだろう。レアケースを入れればもっと幅は広くなるだろうが、目安としてはこの程度だろう。また、女性は受精、妊娠、出産、授乳など、育児に多大なリソースを割く必要がある。このため、生涯に出産可能な回数というのは、乳母などをフルに利用しても20回くらいに上限があるだろう。一方男性はそういうリソース負担がないので、複数の女性を相手にすることで理論上は最大2万回くらいにまで達する。

このため、女性というのは限られた資源であり、生殖期間にある女性の人数が次世代の出生数に対して支配的になる。一方男性というのは、少数が生き残れば多数の子供を作ることが可能なので、生殖期間にある男性の人数は次世代の出生数に対して支配的ではない。このことから、女性は遺伝子の保守面を担い、男性は競争と淘汰を担うことができる。人口がある程度増えたら、男同士を戦わせて生き残ったほうに子供を作らせることで進化的環境適合度を高めることができ、また女性が比較的競争の少ない環境で子供を作ることで遺伝子の多様性が保たれる。これが哺乳類のような資源非対称性の強い有性生殖種の進化戦略ということになる。

男女が一夫一婦制を取るということは、この競争原理を人為的に否定することを意味し、これを実施すると男性も女性も多様性が増す一方で、競争と進化のペースは落ちる。実は日本人のY染色体は大陸に比べて塩基配列の多様性が高く、日本人は歴史的に戦争の少ない、一夫一婦制に近い生き方をしてきたらしいということが遺伝子統計に出てくるらしい。大陸ではそういう平穏な期間が少なく、陸続きの面積が広いために高頻度で戦争が起こり、その結果として特定のY染色体塩基配列の占有率が高いということらしい。

戦争をせずとも、結婚制度を緩和し、未婚出産や離婚、再婚に寛容な社会制度にすると、男女の生殖関係の成立期間は短縮していく。すると、別離後の男女が別の組み合わせで生殖関係を結ぶのだが、このとき、女性は平均してそのチャンスがあるのに対し、男性の場合は特定の「受容度の高い」男性が多くの女性と関係を結び、その分だけ「受容度の低い」男性はその機会が少なくなるらしい。女性の場合、男性に対して高望みをしても、男性というのはシェア可能なので、一時的には女性の高望みは叶えられる。一方、男性が女性に対して高望みをした場合、女性はシェア不能なので高望みは叶えられない。叶えられるとすれば、アイドルやアニメなどの「関係の複製が可能」な女性のみということになる。

この男女間の関係を企業体と労働者の関係と対比することができる。

労働者である自然人というのは、だいたい18歳から68歳くらいまでの労働可能期間がある。そして、同時に複数の仕事はできないので、一人の労働者が生涯に提供できる生産労働力は50人年という計算になる。一方、雇用側である企業体は、最大で200年位の存続期間があり、また最大10万人くらいの労働力を同時に雇用可能なので、そのライフタイムで使用可能な生産労働力は2000万人年あたりが上限という計算になる。この生涯生産力の非対称を人間男女の生殖生産力モデルと対応付けると、企業が男性に相当し、労働者が女性に相当することになる。

となると、雇用・解雇規制を緩和した場合、企業間の競争力格差が広がり淘汰が活発になる一方で、労働者の被雇用機会というのはそれほど格差が広がらないことが予想される。大企業には高い雇用能力があり、かつ労働者を解雇しても代わりの労働者の応募も多いため、延べ人数では同時雇用人数の数倍から数百倍の労働者を雇用することが可能となる。このため、労働者が自身の実力以上に大企業志向を高めても、一時的にならばその高望みが叶えられる機会はそれなりにあるということになる。一方で、競争に勝ち残れない弱い企業体は、発足から一度も正規雇用を結ぶ労働者を得られないまま企業の寿命を終える場合が増える。

このアナロジーでは、正式な雇用関係と、正式な婚姻関係が等価になる。収益力の高い企業と収入の高い男性は、多くの正社員や多くの正室側室を養うことができる。また、中程度の収益力を持った企業と中程度の収入を持った男性は、少数の正社員と短期雇用の非正規労働者、そして生涯で数人の正妻と非正規の交際相手を持つことができる。そして収益力の少ない企業は労働者を雇用することができず、収入の少ない男性は女性と関係を結ぶことができない。これをゴニョゴニョと呼ぶとすれば、社長とアルバイトだけで正社員を雇用したことのない企業は素人ゴニョゴニョと呼べる。

このアナロジーが有効だとすると、雇用及び解雇に関する規制を緩和すると、巨大企業は商品市場と労働市場で競争を繰り返し、強いものがより強くなる一方で、弱い企業はより弱くなり、雇用創出力を喪失したままそれなりに数としては生き残るというシナリオが描かれる。そして、労働者はそのどこかで何かしらの仕事が見つかるという推論ができる。微小企業の経営者というのもその一部になる。


したがって、男同士の競争を煽る女性と、企業同士の競争を煽る消費者の心情は、実は同じ原理に即している、とかまで言っちゃうと飛躍しすぎだろう。でもまあ、ある程度はそういうモデリングもできるんじゃないかと思った。色々な数量関係を図示すると面白いと思うが、生活に差し障るのでやめておく。文章表現が社会倫理的にサイテーだというあたりは勘弁してほしい。もう寝る。

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by antonin | 2014-05-21 01:59 | Trackback | Comments(0)
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