安敦誌


つまらない話など
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葦叢にて

エアコン完備 屋内運動会への移行進む - 虚構新聞

あはは。

「目的が手段を正当化する」というのはあんまりピンとこないけれども、「成果が過程を正当化する」ってのなら、いたるところにあるな、と思う。STAP細胞のアレにしたって、もしもう少しまともな実験ノートで、もっとまともな成果が出ていれば、たとえハートがちりばめられたノートやぬいぐるみが並べられた研究室でも、「○○○△子のノート術」とか「リケジョ職場のコーディネート力」なんて本が売られたに違いないのだ。売れるかどうかは別として。

冷戦の結果なんかは「自由主義が強権主義に勝った」だけにしか見えないのだけれども、ところどころで「資本主義が社会主義に勝った」という話にもなっている。リフレ理論も、これまでの日本の経済状況を分析すると、理論が正しかった部分と、理論通りとならなかった部分と、別の因子が混淆して結論が出せない部分とに分かれるはずなのだけれども、結局は最終的な景況から単純に白黒付ける論法が一般には行われるんだろう。学者さんはもちろんそういう人ばかりではないはずだけれども。

勝てば官軍負ければ賊軍、終わり良ければ総て良し。そういうことは遠い昔からいくらでも語られているところだけれども、これってのは、人間の脳の機構として極めて基礎的な部分に由来しているんじゃないかと、最近では考えている。例の、書かれなかった小説の「主人公」である人工知能の学習システムとか、ニューラルネットワークが天下り的な教師信号を持たない場合の信賞必罰的な学習モデルとかを考えると、人が眠っている間にやっている学習というのは、主にこの「成果が過程を正当化する」というヤツなんじゃないかという直感を持つようになった。同様に、失敗は過程を全否定するのだろうと。

この「結果論」というやつは、人間の理性にとっても感情にとってもかなり根本的な原理なんじゃないか。もしそうだとすると、たとえ目が覚めている間にどんなに理性で厳しく批判的に考察をしても、眠っている間の無意識によって結局はこのタイプの学習が進んでしまう。論理的な理性というのは、文字を覚えて、個人資産の水準で紙と筆だか、羊皮紙とペンだか、粘土と楔だとか、ともかくそういう、言葉をいったん脳の外部に蓄えて何度でも脳に還流する仕組みが整ってからできたものだろう。過去の自分の意見を外部化して客観視し、矛盾がなくなるまで何度も自問自答を繰り返さないと、精密な論理というのは練り上がってこない。要するに、twitterか何かで日がな一日対話を繰り返していると、あまり論理というのは育たないものなのだろうと思う。

人間の脳には、理性を司る前頭野、抽象概念を扱う側頭野、直感を担う後頭野、感情を引き起こす大脳辺縁系などがあるけれども、もう少し下位には小脳というシステムがあって、大脳と小脳は橋(きょう)でつながっている。この小脳は、基本的に情報の反芻をしない。入力から出力へ一方通行で情報を流し、並列度の非常に高い結合によって、かなり複雑な情報を一瞬で処理する。古典的なニューラルネットワークはだいたいパーセプトロンのような一方通行のモデルだったけれども、小脳の働きはこのモデルに近い。

大脳と小脳は、モルフォロジーもトポロジーもだいぶ異なるのだけれど、大脳というのは小脳や中脳のような進化的に履歴の古い部分に比べるとかなり自由な作りになっていて、情報の流し方によって一方通行的にもなれば相互通行的にもなる。過去を振り返る余裕もなく、レーシングカーに乗ってぶっ続けでサーキットを走らせるような情報処理をしていると、大脳全体が小脳のようにフィードフォワード的な働きをするようになる。論理より直観の塊のようになる。一方、他人との接触を控え瞑想に耽っていると、大脳で発生する信号が主な入力となって大脳を刺激し、小脳とは逆に相互循環的なネットワークになる。瞬間的判断は鈍くなるが、論理的で精密な考察ができるようになる。ただし外界の情報を遮断しすぎると、実世界と関係のない妄想の世界が強くなりすぎ、現実離れした理論を構築してしまう。そして脳分泌系の具合によっては統合失調を起こす。

だからまあ、あんまり論理、理論を積み上げすぎるといいことがないのだけれども、かといって時事ネタの議論に奔走しても、精巧だが深みのない反射神経の塊になってしまう。このあたり、難しいところだと思う。バランス、中庸、とかまぁそういうあたりなのだれども、中庸というものにはそれとわかる指標がないので、どうしようもないような気もする。端から端まで、正規分布していればだいたい正常なのだろうと思う。極端な人を排除するのも不健全だし、誰もが極端を目指すのも不健全なんだけど、だからと言って誰もが中庸を目指すのも、それはそれで不健全という気もする。

人間というものはよくわからない。

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by antonin | 2014-06-05 22:42 | Trackback | Comments(0)
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