安敦誌


つまらない話など
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新盆(しんぼん)と旧盆の間に

東京っ子はお盆を7月に済ませるという。そもそもお盆というのは7月半ばなのだけれども、太陰暦から太陽暦に切り替わるところで、季節に合わせるのか暦の数字に合わせるのかという選択を迫られた。そして東京の人は、正月を新暦の1月に移し、盆を新暦の7月に移した。ところが、東京に出てきた地方の人は、正月を新暦に移すのは飲んだが、盆を新暦に移すのだけは飲まなかった。稲の具合なんかで、季節のずれがあからさまだったという事情があるのかもしれないが、よくわからない。なぜ正月だけが新暦に移ったのだろう。おかげで、ちょうど半年違いだったはずの盆と正月が、1ヶ月と少々タイミングが狂うことになった。

7月16日と言えば「地獄の釜の蓋が開く」といって、地獄の鬼も仕事を休むという楽しみな日だったらしい。明治になって、イギリスやフランスの近代工業を輸入する過程で、ユダヤ教に起源を持つ週休というものが日本に導入された。それまでは、休みと言えば盆と正月くらいしかなかったから、非常に嬉しいことを「盆と正月が一緒に来たような」と形容した。その後の日本では週休二日制なども普及したが、電燈の進歩のために、代わりに残業というものが付くようになった。

江戸の人々は、週休は無かったが、日が傾くと帰宅した。職によっては昼前に仕事を切り上げるのが要領の良い粋な働き方とする文化があったという。そして盆暮れ正月は徹底的に休んだ。おせち料理が保存食の詰め合わせのようになっているのも、昔の女性の、正月には絶対に仕事をしないという強い意志の表れだったのだろう。三が日は料理をせず、おせちをつついて暮らす。掃除洗濯は年末のうちに徹底的に済ませて、正月には何もしない。

週休二日で、残業が長くてバカンスも無いのと、週休は無いが残業もなく盆と正月には全ての店をきちんと閉じていた時代とでは、どちらが豊かなのだろう。片方の生活しか知らないのではっきりとした比較はできないが、体ではなく頭を使う仕事には、残業なし、週休なしのほうが過ごしやすい。3日も前のことを細かく覚えているのは難しいし、5時間以上も高度な精神の集中を保てない。眠る2時間前から食事は避けたほうがいいというが、眠る2時間前くらいから目や頭を使うのもやめたほうがいい。電気のない時代にも不眠というのはあったんだろうか。

イタリアの街などを歩くと夜はしっかりと暗くなっていて、明かりがあっても電球の明かりだった。下品なほどに白い蛍光灯の明かりが夜道を照らすということは、マクドナルドの店舗などを除けば見る機会がなかった。夜が暗いというのは品が良いものだと感じた。

ローマ帝国内のユダヤ人は、自分たちの神以外には仕えないという契約があると言って、兵役と神事への参加を拒んだ。ローマ帝国は寛容という徳を重んじるので、兵役を拒む以上市民権は与えられないが、属州の住民として、納税を条件としてユダヤ教徒の主張を認めた。けれども、ユダヤ教徒たちがあまりにもローマの神々と、そこに象徴される多様性の精神を侮辱するので、ついにはユダヤ国家はローマ帝国に滅ぼされた。

時代が下って、コンスタンティヌス帝がキリスト教を「公認」して、帝都をローマからビザンティオンに移した頃、ユダヤ教徒の亜種であるキリスト教徒がローマ軍に入ってくるようになった。そして彼らは、キリスト教徒には当然の権利として、ユダヤ教から続く「安息日」の習慣をローマ軍に持ち込んだ。そしてこれを羨んだローマ兵が次々にキリスト教に改宗したなんていうあたりが、キリスト教普及の第一歩だったらしい。そして、ヨーロッパは神権政治の中世に移っていく。

そして中世が終わるとヨーロッパは機械文明によって世界を席巻し、その結果のひとつとして、現代日本は古代ユダヤ教の安息日に由来する週休というのを1回か2回取る制度を社会生活の標準に据えている。これもいろいろと思うところはあるけれども、仕方がないのだろうと思う。ただ、安息日と盆休みというのはあんまり親和性の高い制度ではないので、この先どうなっていくんだろうとは思う。

8月に入り、子供の感覚ならいざしらず、中年の感覚としては、もう夏の終わりが近いと感じる。夏の最後、立秋を過ぎたあたりに盂蘭盆会がある。子供は、お盆が終わったあたりで早朝の涼しさや薄暗さを感じて、ようやく夏の終わりに気付く。永遠かと思えた夏休みにも終わりがあるんだということを思い知らされる。共働きだと、夏休みでも昼間は家が無人になるので、結局子供は学校の中の学童保育で過ごすことになる。夏休みの終わりも、正直なところ、やっと終わったかという感じなのかもしれない。

女性の社会進出と両立する家庭の尊重といったら、男性も女性も5時で仕事を切り上げ、盆暮れ正月にはしっかり休む昔の個人商店のような生活へ戻ることなんじゃないかと思うが、どうだろう。今さらコンビニのない社会というのもあり得ないような気がするが、いわゆる保守派の人の主張を読むとそういう先祖返りを望むような内容になっている。本当にそういう覚悟があるんだろうか。

産業界が望むように、男女とも「大統領のように働き、王のように遊ぶ」社会になると、育児も集約産業化して生産性を上げ、個人は子供を産みっぱなしでOKという話になるんだが、そういう資本主義的というか、あるいは北欧的な社会主義になるのかもしれないが、どちらにしろ、これまでの文明が進んできた方向へ突き進むという話になる。こちらの主張をする人も、やはり覚悟がないように見える。どうなんだろう。

政治の話をするつもりじゃなかった。
花火がきれいだった。
ビールがうまかった。
もうすぐ夏が終わる。

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by antonin | 2014-08-03 01:31 | Trackback | Comments(0)
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