安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
検索
最新の記事
婦人画報創刊号
at 2017-07-07 01:36
アキレスと亀
at 2017-05-02 15:44
受想行識亦復如是
at 2017-05-02 03:26
仲介したことはあまりないが
at 2017-04-29 03:36
サンセット・セレナード
at 2017-04-12 23:17
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
記事ランキング
タグ
(295)
(147)
(122)
(95)
(76)
(65)
(59)
(54)
(45)
(41)
(40)
(39)
(33)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

独り言

夜明けも近いので、ぼそっと独り言を。

優れた芸術に、強烈な皮肉としてメッセージが潜んでいるのは楽しい。
直截的で、工夫のないメッセージが芸術の振りをしているのは楽しくない。

押井守さんの作品は、そのどちらにも見えるし、どちらでもないようにも思える。
このあたりを解決することなく作品を見ても、多くを語ることはできそうにない。
そして、このあたりを解決できる材料を提供する言説にも出会ったことがない。

押井さんの作品に構造主義的解釈が可能なものがあるという。

群論のように、集合の要素を極限まで抽象化し、数値で言えば大小関係に当たるような位相や、演算に当たるような自己への写像など、近代的集合論に見られるような抽象化された要素と関係の体系で物事の本質をあぶりだそうとするものらしい。

そうした手法によって、未開の民族とみなされていた人々の言語体系と、世界でもっともエレガントと思われていたフランス語の言語体系の両者に、甲乙付け難い複雑性が潜んでいたというヨーロッパ的な「発見」が、構造主義が華々しく迎えられた始まりなのだという。

つまるところ、こうした形式主義を通じて、私たちの常識を超えて新しい視野を開いてくれるような作品が存在するならば、見る価値もあるし批評する価値もあるだろう。

しかしながら、単に構造主義的な発想が見て取れる程度の映像作品であるならば、そうした思想に触発された文言に多く接した人々を、クスリと笑わせるだけの楽屋落ちに過ぎないだろう。

押井作品とは、いったいどのようなものなのか。

果たして見る価値はあるのだろうか?

楽しく生きる、という発想には共感する。
自分が時に悲観的であるだけに。
理想の父親像なら、「ライフ・イズ・ビューティフル」の愉快な父親だ。
彼のように死んでいけたなら、悔いはない。

しかし、自分が良いと頑なに信じるものを、要らぬ人に強く勧めるのはカルトに似た姿である。

哲学とは何か。
所詮は、人が生きるうえで抱える問いに答えるための、ヒント集のひとつでしかないように思う。
本質的に、宗教とそう遠い所に立つものではないように思う。

自分は、神や菩薩を素朴に信仰できたなら、どれほどか楽であったかと思う。
科学とは、答えのない問いには答えないという潔くも救いの無い学問でしかない。
そこにしか帰依できないものは、死が脳を停止させるまで、延々と考えることを続けるしかないのかとも思う。

既存の哲学に安息を見出すのならば、それもまた信仰の一形態であって、やはりその幸福な態度に対し、淡い嫉妬の念を抱くのである。
自分が決してそこに至らないことを知りつつ。
[PR]
by antonin | 2006-12-18 05:49 | Trackback | Comments(6)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/6207707
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by B705 at 2006-12-18 19:05 x
僕の信ずる神は、あまりにも人間くさくて、結局、そのありかたというものを(人間レベルで)考え続けなくてはいけない・・だから、ひたすら頑張り続けるという循環にハマっています。救ってくれる、いや、救いをつくるのは自分自身、ということは、なんだか似ているね、考え続ける、ってことが。
Commented by 悪口の対象者 at 2006-12-19 23:58 x
己が「要らぬ者」であるということは、当該の他者に伝えなければ単なる独りよがりの内省的な主観にすぎません。「要らぬ人」に強く勧める人なんてどこにいますか? 存在しない例を引っ張り出して自己の結論に結びつけるというロジックは、……まあお手前の脳内ではさぞや「カガク的」な思考プロセスなんでしょう。
「理系の人」(笑)には、対人スキルの稚拙な人が多いというのはしばしば言われる俗説ですが、見たくもない作品を「見たくありません」、行きたくもない会合に「行きたくありません」という意思表示すら満足にできない「理系さん」の実例を目前に見せられると、そういった俗説も一理はあるものかと得心してしまうところがあります
Commented by その2 at 2006-12-19 23:59 x
自己と異なる主張を持つ者とも和やかに話をするなど大人なら当然、私が平生つきあっている人物はみなそういった常識を弁えている人間ばかりなものですから疑いもしなかったのですが、世には色々な方もおられるようですね。相手に対して罵詈雑言、相手の言葉は「聞きたくねーんだヨ!!」などと喚いてやおらヘッドホンステレオを耳にはめてシャットアウトなどという幼児的な所行はまさに呆れるばかりのものです。そういう行動をとる人間が哲学やら宗教やら天下国家をスカして語るはまさに失笑もの、科学の徒でございなどと気取っておられるところはまさに「ちゃんちゃら可笑しい」といった風情でございます。反戦平和憲法9条堅持を世に訴える傍ら、自宅では妻をぶん殴るのを趣味にしていた某有名作家をふと思い出たりもいたしました。
Commented by その3 at 2006-12-19 23:59 x
いつでもどこでも己の感情がいちばん大事、相手が気に入らなければすぐ感情爆発。いいですね。「ライフ・イズ・ビューティフル」じゃないですか。悩みになんか全然なさそうですね。そんなアナーキーな生き方に「淡い憧憬」を抱くところはありますが、別に嫉妬はいたしません。そんな人間になりたいとは思っておりませんから。
まあ何某かの自己弁護の言説を弄するか、はたまた「晒しておくことにする」などと気取って放置することでありましょうが、とりあえずこの文章がお目を汚した時点で当方の目的は達成したと考えております。
Commented by antonin at 2006-12-20 01:23
へーげる奥田さん、ご意見ありがとうございます。
いやいや、深酒しすぎましたな。
Commented by antonin at 2006-12-20 01:32
あと、老婆心ながら一言。
奥田さんもBLOGをお持ちですから、そうしたご意見はトラックバックを打たれたほうが良いですよ。これでは、奥田さんが私に絡んでいるようにしか見えません。
正確には、酔った私が奥田さんを「大嫌いだ」とか「わかったようなことを言いやがって」と罵倒したのに対して奥田さんがお咎めなのであり、その点を予め明示しておかなければ、奥田さんの名誉にかかわる問題となります。
<< 父祖の話 そこのあなた、Person o... >>


フォロー中のブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル