安敦誌


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戦争と貧困 その光と影(2)

長生きしてどこが悪いのでしょうか (宋文洲の傍目八目):NBonline(日経ビジネス オンライン)

前回の「人口が減ってどこが悪いのでしょうか」という記事に対し、「人口の減少ではなく、生産人口と非生産人口の比率がアンバランスになることが問題だ」という妥当な認識をした読者からの記事が、コメントの2割ほどを占めたので、これに対する反論であろうと思われます。記事を要約します。


「老齢化社会」という言葉が嫌いだ。全体の人口の中で年を取った人の比率が高くなることを暗い未来という人は、病気になっても治療せず、ヘルシーな食生活をやめ、悪い空気が充満するような場所に率先して住むべきだ。それで早死にしたら、人口構成比の歪みを少しでも緩和することに役立つはずだ。本気でそう思っているわけではないが、言いたいことを分かりやすく伝えたいためにたとえるとこうなる。問題は人口減少というよりは高齢者が全体の人口に占める比率が高いことだ、という指摘があったが、それはお年寄りを厄介者のように扱っていると思える。

「高齢者」の基準を65歳から75歳に変えるだけで、日本の人口構造の問題は変貌し、いびつな構造ではなく、ごく普通の正常な構造になる。もっと前向きに今の社会を捉えるべき。長生きという崇高な目的のために、世代間でいがみ合うのは避けるべき。医療費の問題は、無駄の多い現状を見直すことで解決するはずである。年金や税収をどうのこうのいう前に、発想の転換がより重要だ。


以上が私の要約です。

これは、私には論理のすり替えに映りました。そうした私の要約ですので、できれば原文を読んでいただきたいと思います。最後のほうは素晴らしいご意見で結ばれていますが、個人は個人で前向きに生きるべきという意見には確かに同意できます。ですが、国家は国家として数字で示される社会状況を精緻に読み解き、その先に生きる弱いお年寄りたちや子供たちに思いを馳せる想像力を持たなければなりません。私たち日本国民は、一庶民であるとともに主権在民国家の主権者でもあるのです。

まず、「高齢者の基準を65歳から75歳に変える」という意見に反対します。確かに、65歳を過ぎても働く人は多いでしょう。100歳を過ぎても自分の畑の手入れだけは毎日怠らない元気なおばあさんもテレビで見かけます。一方で、50代で内臓を患い、職を失い、古い団地の一室で誰にも看取られないままひっそりと最期を迎えた男性が死後発見されたという話もテレビで見ました。それは極少数の例をピックアップしたに過ぎないのでしょうが、ある程度の真実を必ず含んでいるはずです。

私の両親は66歳と62歳ですが、共に働いています。しかし、かつて風邪も引かなかった66歳の父は最近ときどき目眩がして立ち上がれないことが増えてきました。一部に元気な人がいるからといって、安易に高齢者の基準を引き上げるのは酷であると思います。「お年寄り」などと呼ばれるのは嫌でしょうが、国の基準はあくまで年金支給や税率設定、あるいは健康保険負担比率などのお金にまつわる問題にのみに適用される用語なのです。

あえて言いますが、私は私を育ててくださったこの国の人々に対し、豊かで幸せな老後を送り、幸せにその人生を終えていただきたいと思っているからこそ、少子高齢化に危機感を抱いているのです。ご説明しましょう。

「高齢者の基準を65歳から75歳に変える」とは、75歳までは年寄り扱いしない、ということではありません。75歳までは国民の義務として労働を義務化し、年金は支給せず、労働できない人は失業者として一定期間失業保険を支給しますが、復職のためにハローワークに通って仕事探しをしなければ支給できません。そして、一定期間内に復職できなければ支給は打ち切られます。これが国の基準での高齢者でなくなるということです。

私は、今の年金や医療にある無駄をなくしたいとは思いますが、それはちょっとした水増し程度であり、それを除いたからといって人口構造のいびつさをカバーできるとは考えません。そして、高齢者には少ない医療費で適切な医療を受けていただき、ぜひ長生きしていただきたいと思います。だからこそ、稼ぎ手、働き手である若者たちが減るということは大問題なのです。

日本の長寿にとって、高度医療を仕事を引退した高齢者が気軽に受けられるという健康保険制度の影響がどれほど大きいか理解されているでしょうか。国は、数字という無味乾燥なものを冷徹に見なければコントロールできない、巨大な組織です。しかしその無味乾燥な数字の先には、多くの国民の生活が不可分につながっているのです。

いずれ人口バランスは正常化するという意見があります。これは私も同意見です。しかし問題は、それに要する期間です。人口に非定常なピークが存在するのは、太平洋戦争後に生まれたいわゆる団塊の世代と、私たちの世代、いわゆる団塊ジュニアです。この二つの世代が日本から消え去れば、人口のアンバランスの影響は大きいものとはいえなくなるでしょう。その時期は、現在私が34歳ですから、およそ60年後あたりでしょうか。私が94歳まで生きるというのではありません。同世代が大きな比率を占めなくなる時期としての予測であるからです。

こうしてみただけでも、いわゆる団塊世代の医療費急増によって問題が顕在化するであろう10年後あたりから数えて、約半世紀はかかることになります。すると、昨年生まれた私の息子が10歳から60歳までの期間となります。つまり、私の息子の人生の主要な部分がこの時期に飲み込まれることになります。これを「一時的なことだから」といって見過ごせるでしょうか。これを私はまったくの暴論だと感じ、正直に言って怒りを覚えました。宋さんではなく、その暴論を見抜けない日本人読者に対して。

そして、最後に宋さんは別の記事で私を打ちのめします。

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戦争と貧困 その光と影(1)
戦争と貧困 その光と影(2)
戦争と貧困 その光と影(3)
戦争と貧困 その光と影(4)
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by antonin | 2007-02-09 20:50 | Trackback | Comments(0)
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