安敦誌


つまらない話など
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戦争と貧困 その光と影(4)

最後に、タイトルのとおり戦争の話をします。

すでに述べたとおり、苦境の中で人は助け合い、優しさを見せます。これは素晴らしいことです。そして、人類にとって典型的な苦境とは、貧困、餓え、病気、戦争です。これらの苦境の中で、人は多くの涙を流します。その多くはつらさ、悲しさによる涙ですが、より多くの涙が、人の優しさや愛情に対して流されます。それが人間です。

昔の人は言いました。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と。その苦労が人を強くし、また優しくするのです。しかし一方で私は思います。苦労はするべきだが、それは作られた苦労であるべきであって、真の苦境であってはいけないと。これではわからないでしょうから、実例を挙げます。

真の苦境のひとつが、実戦です。古来戦争は、参戦した男たちによって戦われてきました。殺し合うのは武器を手にした男たちでした。そこに騎士道が生まれ、武士道が生まれ、多くの物語を今でも読むことができます。男たちは命を惜しまぬ勇気を示し、力の限りを尽くし、知恵を絞り、勇敢でありながら、ときに敵味方を越えた友情さえも示しました。

しかしその影で、戦争の後には必ず死体の山が築かれました。ホメロスは歌います。日没後、戦士たちは戦場に横たわる戦友たちの遺体を引き取るために、夜の戦場を歩いたと。ここでは戦闘はなく、弔いだけがあります。戦士たちの勇ましさと優しさの影には、必ず死が控えています。

そしてまた多くの戦争では、戦場における食料の調達は戦場近くの町村を襲い、略奪することによって確保されました。戦況が不利になり撤退する際には、敵に食料物資を渡さないために、たとえ自領地内であっても火を放つことがありました。敵味方両軍に、財産は奪われ、人は殺され、ときには辱められました。

20世紀に入り、戦争は機械化し、さらに陰惨になりました。21世紀になると、世界中の人々がカメラを手にし、ネットワークに接続し、戦争の実態を報じ始めたので、世界の人々はその実体を知ることができるようになりました。戦争に善も悪もないといいますが、私は逆に、戦争には善と悪の両面があると思います。大儀は必ずある。戦後にある種の成果は必ずある。その一方で、どの戦争でも死ぬ人がいる。泣く人がいる。どちらも真実です。


たとえ、戦争が人間の潜在能力をすべて引き出す場であるとしても、本当の戦争をする必要はないと私は考えます。たとえ、貧しさが人間の優しさを引き出すとしても、本当の貧しさを国に充満させる必要はないと私は考えます。

その一方で、私たちは若いうちにもっと苦労をするべきでした。死を覚悟するほどとは言いませんが、迷っている暇もないほどの身体的精神的苦境に身を投じるべきでした。あれほどひどかった敗戦後の日本経済の中でも、自殺する人は今ほどには多くなかったのです。それは、戦争という苦境が人々を強くし、それゆえに戦後の苦境など乗り越えられないものではないと感じたのでしょう。

ゆとり教育といいますが、ゆとりによって心が豊かになるには、子供に何か決意を促す別のプレッシャーが必要です。単に豊かで、単に時間が余っているだけでは真のゆとりは生まれません。豊かであり、多くを消費する者としての責任を自覚しなければ、単なるバカ者になります。ゆとりの中に、自分たちは何者であり、何をすべきかという自尊心を育てなければなりません。それはなにも、日本が特別な国であるとか、日本が強い国であるとかいったことではありません。人間なら誰でも持っているべき尊厳に関するものです。

豊かであり、なおかつ後世の人類、そして地球の全生命に対して、人間が持つ力と責任を考えれば、自ずと謙虚にならざるを得ないのです。詰め込み式の受験勉強でもいい。トライアスロン大会に参加してみるのでもいい。一人で日本語の通じない国に暮らしてもいい。彫刻を一体彫り上げるのでもいい。古典を一冊原文から訳してみるのでもいい。なんでもいいから、人は若いうちに苦境に身を投じるべきです。そこから見えるものを体感すべきです。

しかし、私は思います。それは戦争や貧困など、避けようのない非情な現実である必要はないと。現実は優しくていい。そして、その中で人工的に苦境を作り出す知恵を人間は持っていると信じます。そうした中に、言わば千尋の谷に子供を突き落とす勇気と、それが決して臨死を意味しない愛情を、大人は弁えるべきだと思います。


だから、私は少子化対策に賛成です。以上です。

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2007/02/13 指摘により一部内容を削除しました。

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戦争と貧困 その光と影(1)
戦争と貧困 その光と影(2)
戦争と貧困 その光と影(3)
戦争と貧困 その光と影(4)
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by antonin | 2007-02-09 22:16 | Trackback | Comments(0)
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