安敦誌


つまらない話など
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天皇制の話

まぁ、今まではっきりとは言及してきませんでしたが、現行憲法の肝は決して第9条ではなく、第1~第8条であると思っています。

日本人は信教の自由が許されているけれども、国家には特定宗教に与することが許されていない。許されてはいないのだけれども、その「国体」(国民体育大会ではないほう)の根幹は天皇制なのであって、国民の象徴だ何だといっても、結局生きた神の「皇統」によってこの国は成り立っているんだということを、ここ数年で実感した。

これは諸手を挙げて天皇制を支持し、復古主義に傾倒するという話ではない。現実問題として、超自然的な意味を除いてなお、「天皇を中心とする神の国」と言った森元総理の発言はあながち嘘ではないな、と思わされ、考えさせられる場面がたくさんあった。

日本は細木数子の占いの本が世界一売れてギネスブックに載る国であり、「水からの伝言」とかいう疑似科学本が教育現場でありがたがられ、挙句まともな学会にこの手の研究報告が出てきてしまうという、呪術の伝統を色濃く残した国でもある。アフリカで西洋医学が適用されている横で、呪術師のまじないが並行されているというが、これは日本人にとっては笑えない話であって、伝統的な厄除けから新興の宗教法人まで実に幅広く、特に弱った人は藁にもすがる気持ちで呪術的な施術を受ける。

最近プラチナ微粒子をカプセルにして飲むというCMをテレビで見かけるが、「さびないプラチナ」とはつまり、化学的にほとんど何の反応もしないということであって、それがナノ微粒子であろうと、大した効果は期待できない。しかし、原料が高価なことは確かであって、したがって製品が高価になることも妥当である。だからといって効果が高いとは限らないのであるが、そんなことはきっとどうでもいいのだろう。

そうした民族的な、体に染み付いた呪術的信仰の頂点に、天皇陛下が鎮座ましますのである。これは、男女同権がどうだといったレベルの話ではない。万世一系、男系男子でないと困るのである。土俵に女が上がっては穢れるというのと同じ世界である。

旧竹田宮家の誰かが「女系天皇は、法隆寺を補修するヒノキがないからといって、鉄筋コンクリートに変えてしまうようなものだ」ということを言って、なるほどうまい理屈を考えるものだなぁと感じ入ったことがあったが、結局のところ、そういう理屈は後付けに過ぎないということもじきに分かった。とにかく、信仰上は万世一系が大事なのであって、Y染色体などどうでもいいのである。

私はそうした呪術めいたものに失望した経験を持ってから、そうした信仰に距離を置いているのだけれども、そうしたものを意識するにせよ無意識的にせよ、結果として呪術的なものにすがる人というのは多い。多いというよりも、大部分を占めているのではないだろうか。迷信を遠ざける人でも、一軒家を建てるとなれば地鎮祭くらいは執り行うはずだ。たとえ神主さんが日ごろどんな生活を送っていようと、白装束でしかるべき祝詞をあげてもらわなければ、大工さんたちの士気にも影響するというものであって、やはりそうした呪術的儀式を避けて通ることはできない。

数ヶ月前に書店で芥川龍之介の「或る奉教人の死」という文庫を買った。奉教人とはいわゆるキリシタンのことであって、江戸幕府の宗教統制が始まる以前のカトリック教徒の話である。文学には蒙いので最近まで知らなかったけれども、芥川さんには「ばてれんもの」という一連の中世キリスト教徒が出てくる作品があるらしい。実は読みたかったのは掲題の作品ではなくて、「神々の微笑」という作品だった。芥川さんの短編の中でも、いっそう短いが、不思議で強烈な余韻を残す作品だった。

つまり、現代日本のキリスト教式結婚式も、型どおりの地鎮祭と何も変わらない、実に日本的で呪術的な儀式でしかないという現実を当時すでに喝破したような作品だった。私も妻の意向で神の名のもとに永遠の愛を誓い合ったが、神とは実はヤハウェーではなくアマテラスだったのかもしれない。現に妻はプロテスタント系の学校で教育を受けたにもかかわらず、そこここの神社で厄払いだのお守りだのにそれなりの出費をしている。当人は無宗教のつもりでいるらしいが。

日本国憲法の第7条には天皇の執り行うべき国事行為が列記されており、その十節の最後が「儀式を行ふこと」となっている。実はこれが天皇の存在する理由であり、国事の根幹であり、日本が存在する陰の恵みと信じられているところの行為なのだろうと思う。

イギリスのエリザベス女王同様、日本の天皇も分刻みで休みのない過酷なスケジュールで国務を果たされている。しかしながら、そのかなりの部分が実は神道にまつわる伝統的かつ宗教的かつ呪術的な行事であって、必ずしも無宗教であったり合理的であったりはしない。天皇陛下が長靴をはいて田植えをされるのは、単に農民の真似事を体験しているのではなく、日本各地における稲作の豊穣と、日本の繁栄を願っている呪術的儀式なのだろうと思う。

以前はこうした非合理に嫌悪感を抱いていたが、最近では、そうやって社会は回っているんだということに少しずつ気が付き始めている。人間は常に理性的ではいられない。

呪術というのは、形はいろいろだけれども、結局のところ、人間とは切って離せないところにある。まともなキリスト教徒が十字を切るのも、似たようなものだろうと思う。イスラム教徒が豚肉を食べないのはコーランにある神の言葉に従っているからだといえば理性的に聞こえるが、結局のところ日本人の「穢れ」の感覚からそう遠いところにはないように思う。

ということで、日本には天皇制が、それも男系男子の天皇が必要です。外交における権威と国賓との親交という実利はあるにせよ、それ以上に大切な役割が、実は今でもあるということをこの数年で肌に感じました。まぁ、触らぬ神に祟りなしであります。クワバラ、クワバラ。
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by antonin | 2007-06-26 01:04 | Trackback | Comments(6)
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Commented by NAF(なふ) at 2007-06-27 21:37 x
私は幼稚園は仏教だったのを覚えてますが、
それ以外で呪術的なものに意識的に関わっていたかどうか
自覚してなかったことが分かりました。

今思いつくだけを言えば、
占いは良いことしか聞かないし、
結婚式は人前式だったし、
お守りとか全然買わないし(もらうことはあっても)
それからお祓いもやったことない。(厄年はまるで無視)

ただ、旅行へ行って仏閣を回ると、
とりあえず手を合わせてしまいます。
幼稚園の時の癖でしょうか?

とりあえず、私には呪術より柔術の方が
合っているような気もします@笑
天皇制は無くてもいい気がしてましたが、
あんと氏のご意見を拝読しているうちに、
一概にそうでもないのか・・・?と
思えてきました。
Commented by ▽・(◎◎)・▽ at 2007-06-27 22:12 x
どこかで、よんだ、まんが、に、ぴんち に なると、
「あーめん、らーめん、なんまいだー、あっらーあくばる さらまんだー」という じゅもん お となえて、 にげてしまう かいじん が でてくるのが あって、おもろかった。
Commented by antonin at 2007-06-28 00:56
>NAFNAF様

コメントありがとうございます。
日本の仏教は、あれは仏教じゃないですからね。
だって、お経を訓読みするお坊さんっていないじゃないですか。ありがたい教えが書かれている経典なのに、音読して歌ってるだけなんです。意味は中国から来たお坊さんにちょっと聞いた程度で、論語ほどには読み下されていない。

まぁこのあたりを話し出すと長くなるのでやめておきますが、あれも実に日本的なのであります。西ヨーロッパにおけるマリア信仰あたりもちょっと土俗の信仰が入ってて似たような感じですが。

とりあえず今度柔術でも掛けていただきましょうか。
柔よく剛を制す。
剛よく柔を断つ。

どっちもどっちですな。
Commented by antonin at 2007-06-28 01:03
>ふぁぜろ

キリスト教、中華料理、仏教、イスラム教ときて、最後に怪獣。
すてき。

そういえば、ネットで「リビア国歌」を検索すると、偉大なるアッラーを侮辱する内容がいっぱい出てきますね。
クワバラ、クワバラ。
Commented by 104hito at 2007-07-16 16:27
拝読して、左脳の霞がかな~り晴れますた^^p
Commented by antonin at 2007-07-21 01:03
>104hitoさま

コメントありがとうございます。返信遅れまして失礼しました。
ここらへんでは左脳が刺激されますが、伊勢神宮の奥の宮あたりで佇んでいると右脳が刺激されますよね。ま、そういうところなのかと。
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