安敦誌


つまらない話など
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以前の記事

生きていることに客観的な意味はない

最近どうもメンドクサイ内容が続いていますけれども、頭の中に溜まっていたものが威勢良く吹き出てきたというような感じなので、もうちょっと放置しておいていただけると幸いです。

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「生きていることに、客観的な意味はない」

厳密に一字一句合っているかどうかは確信が無いのだけれども、このような言葉を聞いたのは、車を運転中に何気なく流していた深夜ラジオだったように思う。いつも退屈潰しに東京FMの番組を聞きながら日曜の夜に東京から宇都宮へ車を走らせていた頃があったけれども、その日はちょっといつもより遅くなってしまい、普段聞く番組が終わり次の番組が始まってしまった。

確かエヴァンゲリオンがどうしたこうしたという時期だったように思う。アニメの声優が、少女の声で低く悲観的に上の言葉を語っていた。心に何かしら鬱屈したものを抱えた人間であれば、ふっと同意してしまいたくなるような内容だろう。

ところが、よくよくこの言葉の意味を吟味してみると、なかなか興味深いことがわかった。この言葉自体が、たいして「意味はない」のである。

「意味」という言葉の辞書的な意味は、たとえば広辞苑によると二種類ある。
(1)記号・表現によって表される内容またはメッセージ。
(2)物事が他との関連において持つ価値や重要さ。

「生きていること」は何かのメッセージを伝えるための記号や表現などではないから、ひとつめの『意味』で使われているのではない。『』でくくった部分も、この意味の「意味」だ。辞書や事典で生きることの意味を引いても載っていない。

意図的なメッセージではなくても、ある情報から別の情報を引き出せるときにも「意味」という単語を使うが、この場合は「意味がある」ではなく「意味する」という言い回しを使う。広辞苑にはこの項目が無いが、明鏡国語辞典では次のように説明されている。
(1)記号(特に、ことば)がある内容を表す。表し示す。
(2)物事がそうした解釈を許すに足る十分の内容を持っている。

一つ目の意味は先ほどのものと同じだが、二つ目の意味がここで言っているほうの意味の「意味する」になる。これで考えれば、生きていることについてはたとえば次のような事がいえる。

「生きているということは、そこには空気と水と食料がある、ということを意味する」
「生きているということは、少なくとも遺伝的には父親と母親が存在した、ことを意味する」

などなど。しかしこの用法でもないだろう。当然広辞苑のほうの二番目の意味の「意味」が正しい。この用法をもう少し掘り下げると、「価値」や「重要さ」というところが要点となる。この用法での「意味がない」という言葉の使い方を考えてみると、

「どんなに良い成績を残しても、勝たなければ意味がない」
「いまさらそんな事を言ったって意味がない」

などが挙げられるが、それぞれに「勝つことが何より重要」であるとか、「事前にそういうことを言うことには何らかの価値があった」ということが背景にある。言い換えると、「勝つこと」とか、おそらく失敗してしまったであろう「何らかの目的」があったとも考えられる。このような価値とか目的とかいうものは、個人的視点や国家的視点や地球的視点ではあるいは意味があるかもしれない。けれども、地球が見えなくなるくらいに大局的な視点にさがると、もはや意味があるとはいえない。

「客観的な意味はない」とはそういう、極端に利害から離れた第三者的な見方をすると、というようなことを指すのだろう。家族や友人がいれば、生きていることにはそれだけである程度客観的な意味がある。そうした価値をとりあえず脇に置くくらい客観的になると、もはや生きていることにも意味がなくなる。

逆に言うと、そこまで客観的になって、まだ意味があるようなことは何かあるだろうか。生きていることに意味がないほどの客観的立場に立てば、あらゆるものが無目的で、中立的な価値を持つ。そこではあらゆることに「意味はない」ということになる。変な例を挙げれば、

「この壁を白く塗ることに客観的な意味はない」
「この石の存在には客観的な意味はない」
「そば屋でカツ丼を食べることに客観的な意味はない」

など、もうなんでも入る。そういう言葉は、論理学の世界では「自明」ということになり、言っても意味がないのでわざわざ言わないほうがいいということになっている。

ただ、ルネ・デカルトさんが世間で信じられていることのほとんどが疑いうるということに端を発して、全てを懐疑的に見たら「我思う、故に我在り」というところまで行き着いてようやく疑い得ないところにぶつかり、そこから逆にいろいろなことが信じられるようになった、というような展開をしたのだと木田元さんの本には書いてあった。最終的には神の存在証明まで行ったらしい。

同じように、掲題の言葉を聞いて「だから主観的な価値や目的を見つけて意味のある人生を送ろう」という肯定的な考え方ができるのであれば、この言葉にも意味があるということになる。自明のことでも気づきにくいことはある。

まあその程度なら害はないのだが、同じような理屈はなかなか見抜きにくく、トリッキーな使われ方をするし、ひどい場合には自分自身が言葉に騙されてしまうこともある。その例が過去の記事にある。私もこの失敗をやらかした。

安敦誌 : ピタゴラス一致

「[定理2] (削除)」となっているやつがそれである。あとで自分で気付いて削除したが、一応最後のほうにメモを残してある。

トリッキーな使われ方をするほうを探すと、「フットバスでデトックス」というのもありうる。

フットバス デトックス - Google イメージ検索

これでだいたい見覚えのある画像が出てくると思うが、果たしてこの吹っ飛ばす、もといフットバス、足を浸けないで30分通電したらどうなるのか。あるいは、「デトックス」というと「毒」を意味する"tox"を取り去るので"detox"というような言葉なのだろうが、ただ汗をかいて塩分に反応しているだけではないのか。ただの薄い食塩水ならどうなのか。そのあたりの説明は全くない。

昔のスキンケア用品で、乳液のようなものを顔に塗って手でこすると、白いカスがポロポロと落ちてくるものがあったが、あれは実は木工用ボンドを薄めて香料を入れたようなものなのではないか。接着剤だから角質がいくらか取れるのだろうが、ただ風呂場で顔を手でこすった場合に比べて優位性はあるのか。「ポロポロ感が楽しい」というだけではないのか。

「マイナスイオン」ブームもあったが、確かにコロナ放電で作り出したイオンを含んだ空気は静電気除去などの効果があり産業的にも使われているが、それが滝や森の雰囲気などと同じリラックス効果を生むかどうかは知らない。どちらかというと副作用的に発生するオゾン(O3)の毒性のほうが気になる。そもそも「マイナスイオン」がなにものであるかの説明も各社各様で、ひどいときにはトルマリンという石を持っているだけでOKというものもあった。

トルマリンの結晶には圧電効果があって、強い力で打ちつけると放電に利用できたりする(これとは物質が違うが、電子ライターの点火装置などがその原理)というだけであって、ただ石を持っていてもしょうがない。

この手の商売は多いし、たいていは数千円程度のものだが、時には法外な値段を吹っかけるものもあるし、引っかかった客へエスカレートする要求を継続的に突きつける悪質な業者もある。相手が商売なら懐疑心も持てるし、たいていは見破れるだろうが、相手が真面目な学者風情だったり本気の学者や医者だったりすると、こちらも信じてしまいやすくなる。これには自分自身も含めて注意したい。

というわけで、嘘とは言い切れないが意味はないということはたくさんあるし、それを利用して結局嘘をついている人間もたくさんいる。そして知らず知らず自分も嘘を言ってしまうことがある。十分注意したい。

まあ人間なので、ときどき間違えるくらいで正常だとは思うけれども。
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by antonin | 2007-08-28 00:54 | Trackback | Comments(4)
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Commented by NAF(なふ) at 2007-08-28 08:28 x
>最近どうもメンドクサイ内容が続いていますけれども、
>頭の中に溜まっていたものが威勢良く吹き出てきたというような感じなので、
>もうちょっと放置しておいていただけると幸いです。


はい。頑張って読んでます。内容の密度が濃いので
自分の中でなかなかまとまりませんが、興味深く読んでます。
Commented by antonin at 2007-08-30 00:14
>なふ嬢

コメントありがとうございます。
今回など、メンドクサイ内容の上に前半と後半でかなり内容が違っていたりするので、構成的にもかなりメンドクサイものとなってしまいました。
ぜひ、頑張らないでさらっと流してください。
Commented by まここ at 2007-08-31 23:40 x
へっくし!
Commented by antonin at 2007-09-01 05:08
あ、鼻に入っちゃいました?
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