安敦誌


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ディジタルでもアナログでもない

以前、ディジタルとアナログの話を書いたことがある。

安敦誌 : ディジタルとアナログってなんだろう(1)

このときには、ディジタルとアナログの違いについてあくまで科学的に考えてみたけれども、実際にはもっと叙情的で非科学的な分類が世の中には流布している。いわゆる「アナログ人間」というやつだ。

この単語を発する人の頭の中には、「ディジタル対アナログ」という二項対立があるらしく、「ディジタルがよくわからない」ということがつまり「アナログである」という結論になるらしく、これはこれで興味深い。でも、こういう言葉を発する人に限って、よく分析すると決してアナログではなかったりする。

また自分の領域に話を引っ張り込むと、アナログとは、ひとつの物理量を、それと比例関係にある別の物理量に置き換えて表現することを指していて、ディジタルとはそれを更に有限個の記号で置き換えることを指している。

先日、休暇を取ってCEATEC 2007を見に行ってきたけれども、一番面白かったのがBOSEのブースだった。この会社こそが、「ディジタルでもアナログでもない」というやつなのだ。

では何かというと、「アコースティック」なのである。アコースティックとは、「弾性的」という意味で、音を扱うのに、弦の振動だとか、スピーカーの膜の振動だとか、ボックス内の空気の振動だとか、そういうものを利用することを指す。つまり、音の振動を電圧の振動などに変換してしまうとそれは「アナログ」なのだけれども、この会社の製品は、電気信号で特殊な処理をするということにはあまり重点を置かずに、あくまで音波の振動を直接扱うというところに非常に深い関心と高い技術を持っている。

一方、自称「アナログ人間」が、その実如何にディジタルであるかというと、彼らは音なり味なりという原情報を、ありのままに表現するという人が少ない。ありのままに表現するとはつまり、たとえばラーメンがうまかったら、ひたすらラーメンのうまさを記憶に叩き込んだり、その味を再現したりすることに興味を示す人の行動であって、そうした傾向の人々は実際にラーメン店の常連客になったり、あるいは自ら店長になったりして、あまり多くを語らない。これが、音で言うアコースティックに例えることのできる、原情報を原情報として扱える人々である。

一方、味を電気信号で脳へ送り、それをひたすら言葉に変換して評論する人がいる。人間の神経が扱う信号はインパルス信号なので、これもディジタルと言ったらディジタルなのだけれども、実際にはパルス密度変調されたアナログ値と解釈できるので、この段階ならまだアナログと考えたほうが現実に近いかもしれない。

これが言葉に変換されると、単語という「有限個の記号」で対象を表現していることになるので、この段階では明らかに対象はディジタル化されている。人類の扱う最も古いディジタル情報とは「言語」に他ならないということと、言語表現をした時点でその情報はすでにアナログ表現ですらないということを、実は多くの自称「アナログ人間」は意識しない。

最近のディジタル技術が気に食わないからといって、安直に「アナログ人間」を名乗って恥じない人を、私はあまり好まない。むしろ、多くを語らずに数値化できない何かと真摯に向き合う人を、自分のような極度なディジタル人間と対極にある、感性豊かな人間として高く評価している。そうした人々はディジタル人間でもアナログ人間でもなく、あえて言うなら「匠」とでも言える人なのだと思う。うまく言えないが、指の腹で撫でれば品物の良し悪しがわかる、という職人気質である。

そして、BOSEの一見スタイリッシュな製品には、そうした「匠」の感性が非常に濃く感じられるし、異常に小さいスピーカーが、古典的な大型スピーカーよりずっときれいに鳴るという現実には、やはり驚く。もちろんその裏側には微分積分が乱れ飛ぶ理論と論理は当然存在するのだけれども、結局最後に自分の耳に頼る職人気質が注がれていることが、そこには確かに感じられる。

だから、音楽を聴いてあれこれ評論するもよし、黙って聴いて顔の表情と拍手の音色だけで表現するのも、またそれはそれで良しとしませんか。何かというとすぐに分析的な感想文を書けるというディジタルな才能は確かに有用だけれども、誰にもそれを求めるというのは、それもなんだか窮屈で退屈で味気ないような気もいたしますが、如何なものでしょう。
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by antonin | 2007-10-09 02:41 | Trackback | Comments(0)
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