安敦誌


つまらない話など
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齢三十五にして考える

40才のことを「不惑」といい、これは孔子が自分の来歴をごく大雑把に語った一節に由来するらしい。

塩野七生さんもこんなことを書いていた。
まったく、三十代の男は面白い。書いていて、これほど書きにくい年代もないのに、書くのが愉しい年代もない。なにしろ、彼らときたら、相手次第で二十代の若者らしくなったり、四十代の男のような成熟さを示したりするからである。三十代とは、男にとって、動揺がサマになる最後の年代なのではあるまいか。

そう、40才にもなると、どのように生きるかを巡ってアタフタしているのは見苦しいのである。ナカタが一仕事終えて、若くして自分探しの旅に出たのは正解だったのである。

自らを省みると、稼ぎのいい仕事を捨てて面白い仕事を手に入れたが、脇目もふらずにバリバリ働いているのかというと、そうでもない。「この本は、薦めるのではない。読まなくてはいけない本だ」などとすごい意見がAmazonあたりで見られる技術書などを読んで、確かに感銘を受けるのだけれども、職場でその技術を適用してみると、案外煙たがられたりする。自分も経験が浅いので、あまり強いことは言えない。

ここでとにかく仕事をこなして、徐々に周囲の信頼を勝ち取って、そしてスキルを高めていけばいいのだというようなことを、ビジネスマンに大ウケの自己啓発書などは説くのだけれども、そもそもビジネスの世界で上を目指すことそのものに執着がないためか、なんでそこまでせにゃならんのかというような気持ちになってしまう。食っていけて、なおかつ好きな本をたらふく読んで、ときどき駄文を書き散らす余裕があればそれでいいのである。

しかし、なんというか、現状ではそうした安穏とした立場を得るのも難しいような情勢である。社会に価値を創出し、その対価として金なり時間なり空間なりを得るという基本に立ち返らなくては、結局そういう安穏とした立場も長続きはしない。そして、目前に不惑である。

今までは、押し付けられた勉強や仕事を嫌って、その時々で好きなことばかりやってきたけれども、今後はある程度趣味と実益を兼ねた生き方をしなくてはならない。これからは地球上の数十億人が輸送網と通信網を使って水平分業をする時代であって、その中で生きる人間というのは、どんなに風変わりな分野であってもいいから、何か特別な技能を持っていなければならない。そしてそれを世界に発信する手段を持っていなくてはいけない。

当然に、そうした世界で強いのは一点突破型のスペシャリストということになる。ただ、世界に発信するという必要に迫られるので、英語なんかはできたほうがいいだろうし、文章術やプレゼンテーション能力もあったほうがいいし、総合的なコミュニケーションスキルも必要だ。が、一点突破型スペシャルティが一定レベルを超えると、今度はコミュニケーションやらプレゼンテーションやら英語やらのスペシャリストが群がってきて手を貸してくれるから、自分は棟方志功みたいに前のめりになって自分の専門に突き進んでいればいいということになる。

ただ、世の中にいるたいていの人は凡人であり、世の中の半数は平均以下の才能の持ち主である。私もそうしたグループに属する人間であるが、それでも一点集中していれば何かの役には立つものである。が、私には専門性がない。努力もしない。学生時代のスポーツ経験で身に付けたガッツもなければ、仕事場で搾られているうちに身に付けた専門技能もない。あるのは雑多なムダ知識だけだ。

しかし、雑学を売り物にして、多くの人を楽しませている人というのもある。それはそれでたいした才能である。たとえそれぞれの分野における知識が専門家の評価に値するほど正確ではないとしても、一人の人間が俯瞰的に多くの知識を網羅できるというのは、それはそれでひとつの特殊技能である。けれども結局、多くの人に受け入れられるためには、エンターテイメントとして楽しいとか、ビジネスに役立ってしまうとか、そうしたメディア市場に適した加工をしていかなくては、決して受け入れられることはない。

今までは知ることと考えることの娯楽性に溺れて生きてきたけれども、今後はそうして吸収してきたものを吐き出すこともいくらかは考えていかなくてはいけないし、どのように市場でのポジションを確保するかということも考えていかなくてはいけない。デキる男になるためではなく、あくまで安穏とした環境を維持するために。

あるいは安敦誌の主要な記事を英文に翻訳して、海の向こうのblogセンターにトラックバックするというようなプロモーションもあるかもしれないし、あるいは都内の私塾で受験指導を隠れ蓑にした寺子屋的あれこれをするのも面白いかもしれないが、とにかく、不惑までには的を一つか二つくらいに絞らなくてはいけない。

自己分析とやらはもう反吐が出るほどやったし、もう今後あまり自分が伸びるとも思えないので、あとは市場分析、マーケティングである。そこにサービスの真空地帯がいくつか見つかり、そのうち自分にある程度適性のある分野が見つかれば、やんわりと起業するという手もあるだろう。あるいはサラリーマンは気楽な稼業ときたもんだという昭和な路線を確保すべく世渡りするという手もあるだろう。とにかく、現在とこれから20年くらいの間、社会がどう変わろうとある程度安穏と暮らせるための戦略を練らなくてはならない。お父さんですから。あと、一応長男ですから。

人徳がないので、あまり人の上に立つのは得策ではないだろう。多くの人は、その人の言葉を聞いてではなく、その人がどのように振舞っているかを見て、その人の話を信用するかどうかを決める。どんなにご立派なことを言おうとも、ちょっとした行動で信用を落としたらそれまでである。神だの仏だのとオカルトな事を言っていても、その行動が立派で隙がない人は、やはり人々の崇敬を集めるのである。私はこういうのには適性がない。

するとやはり物書き系になるかとは思うのだけれども、これまでにまとまった長文というのを書いた経験がない。安敦誌はネット情報としては長文だし、むしろ長すぎる傾向にあるが、これを本にすると実はたいしたことがなく、しかもテーマがまとまっていないので、著者名そのものが売り物になるような著名人でもない限り、こんな内容では売り物にならない。しかも生きるためには質の高い著作を生み続けなくてはならない。ただ、これは人の上に立つよりはまだ適性があるだろう。書く技術というのは、体系的に訓練できないことではない。

ただ、もっと別の生き方というのは確かにあるような気がするし、幸福な着地点を見つけるためにはもう少し詳しい調査が必要だろう。今の仕事は生き馬の目を抜くような業界ではないので、あと5年くらいは惑っていることも可能だろう。

「向上心のないやつは馬鹿である」と夏目さんの小説に書いてあるらしいのだが、はっきり言って向上心はない。ないのだけれども、人間は年齢とともに変化し続けるということも認識しているし、安穏さを獲得した今、安穏さを維持するためには多少の「もがき」が必要なことも認識している。ということで、不惑に至る5年弱は、グローバル経済の中の日本というマーケットでのポジショニングを決めるためのリサーチ期間ということにしたい。カタカナが多すぎたな。地球規模経済の中の日本という市場での立ち位置を決めるための研究期間ということにしたい。

フジテレビのかつての深夜番組、「マーケティング天国」という番組が好きだった。別に大ヒットは飛ばさなくていいから、息の長い商売をしたいものだ。

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今日の漂着地:「分裂勘違い君劇場

314万PVとあるので、かなり有名なページなのだろう。が、webの規模が大きくなりすぎてしまったので、314万PVという数字が実際にどれくらいの相対位置なのかがわからない。

説明書きによれば、「極論を楽しむ」ブログなので、真に受けないようにという注意書きがあるが、私はへそ曲がりなのでその注意書きそのものを信じない。極論を装った、著者の自由な意見の発露に違いない。ただしこうして道化を装っておけば、真正面からの面倒な反論をかわすことができる。実に巧妙である。手嶋龍一さんも、真実を書くためにはフィクションの体裁をとるしかなかったと語っている。それと同じだろう。

とにかく、どの「極論」も、なかなか示唆に富んでいて面白い。
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by antonin | 2007-10-10 22:20 | Trackback | Comments(9)
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Commented by NAF(なふ) at 2007-10-13 02:07 x
あんと殿のように、明確な文章にできるほどではないにせよ、
私も『40あたりまでには・・・』というような考えを最近持ち始めてました。

>40才にもなると、どのように生きるかを巡って
>アタフタしているのは見苦しいのである。

まったくです。今の状態でも、バタバタして
自らを見苦しく思ってます。

自分の意志で進んでいるつもりで、
いつのまにか流されている自分に気づきます。
ただ、気づけてよかったと感じてます。

それでも、あと5年若ければ・・・と思ってしいまいます。
あ〜、やだやだ、見苦しい。
Commented by antonin at 2007-10-13 14:37
>なふ嬢

コメントありがとうございます。

>それでも、あと5年若ければ・・・と思ってしいまいます。

これ、私の場合は絶対に思わないんですよね。別に努力とかはしていませんが、過去15年くらい悩み抜いてここまできましたから、いまさらそうした悩みの渦中に戻りたいとは決して思いません。

努力によってここまで来た人は、また5年前に戻れたらもっと努力して今より立派な自分になれるのに、と思えるのでしょうね。

私は今よりラッキーな5年後が期待できないので、若くなりたいとは思いません。それより10年後どうなってるかの方が楽しみ。
Commented by oki_mo at 2007-10-13 21:59
5年後、10年後を考えて、毎日生活してるけど、去年よりはジタバタしてない自分が。
それは今の生活が、去年よりも良くなったわけではなくて、ジタバタするのに疲れただけなんだけど・・・やっぱり不安。
私は40になっても、ジタバタしたり休憩したりの日々なのかなぁ~と思うと、ちょっと切なくもなる今日このごろ。
Commented by antonin at 2007-10-14 05:58
>おきちゅー

コメントありがとうございます。

今でこそ、5年後の振舞い方を考えたり、10年後が楽しみとかほざいていますが、例えば10年位前は、お先真っ暗、明日のことも考えたくないというような日もありました。チャットでスチャラカに振舞っていたのはその反動というのもあります。

ある程度自信が持てるまでは、先のことを考えないというのもありだと思います。それより、ちょっとお化粧をして親子で外に出てみるほうが、体力的には疲れるけど、結果的に明日につながるような気がします。

などと偉そうに言ってみたり。
昨日も「ちょっとは家のことを手伝ってよ、ずるい!」とヨメに怒られたのは秘密です。
Commented by NAF(なふ) at 2007-10-15 01:07 x
>チャットでスチャラカに振舞っていた

↑え?!そうだったの??????
 カフェでスチャラカって、まこことか、ておとか、るふぃとかふぁぜろとか
どりりとかあさしゃんとかにこの専売特許だと思ってました!!!
Commented by oki_mo at 2007-10-15 20:43
そうねぇ・・・カフェに入り浸るようになったのは、明日のことも考えたくないからだったのかもねぇ・・・(遠い目)

最近、自分を少しずつ磨いてます☆
適当だったメイクも、ひとつづつ丁寧にしてみたり、服も、ジーパンが多かったのをスカートにしてみたり。
そんな、気分転換をしながら、ゆっくり考えていくことも必要だねぇ・・・(笑)
Commented by antonin at 2007-10-15 22:35
コメントありがとうございます。

>なふん

ええ、スチャラカでしたよ。
わたくし思いますに、
「NAFNAFにAntoninがスチャラカであった印象がない」のではなく
「NAFNAFにAntoninの印象がない」のではないでしょうか。
個人的にはrufiよりはお気楽キャラやっていた印象があります。
teoとは比較しないでください。ごめんなさい。もうしません。

>おきちゅぅ

おじさんはせいぜい清潔を旨とするくらいしかやることがありませんが、女性の外見磨きはいいですよね。どんどんやるべき。

できれば、女性の好感度が高いオシャレから、女性に顰蹙を買うくらい男にウケるフェロモン路線まで振幅が広いといいですね。(無責任な発言)
Commented by oki_mo at 2007-10-18 23:13
そーいや、最近ふぇろもん出してなかった(えへ☆)
Commented by antonin at 2007-10-19 00:25
コロンとか大事だよねぇ。
シャンプー・コンディショナーでもいいんだけどさ。
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