安敦誌


つまらない話など
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書籍往来

最近読み終えた本。

算法少女 (ちくま学芸文庫): 遠藤 寛子 著

これは素晴らしかった。復刊要望は専ら数学の先生から出ていたようだけれども、文理を問わず楽しめるはず。そして老若を問わず楽しめるはず。算術にしてもなんにしても、楽しいから学ぶのだという原点を持つというのがひとつ。それに加えて、ただ楽しむためだけにあるのが学問ではないのだというのがもうひとつ。当たり前のようだけれども、なかなかそれが実感できない現代にあって、非常に強く訴えかけるものがありました。


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書): 福岡 伸一 著

出張先の待ち合わせ時間に立ち寄った書店で、平積みになっていたのをなんとなく購入。あとで調べてみると、かなりの売れ筋らしい。複雑系に関するハードな内容かと思ったらそうではなかった。純粋に分子生物学の研究者の自叙伝的エッセイだったのだけれども、なんだか過剰に文章がうまい。これは参った。しかも先端研究を実際にこなす一流の学者でもあるようだから、さらに参った。

内容については確かにAmazonでの批判も当たっているとは思う。出版業界誌の連載をまとめたものと言うこともあって、分子生物学については専門的でも先進的でもない内容だし、分子生物学以外の分野に関する記述には正確でなかったり過小評価していたりする部分は確かに認められる。しかしなんというか、そんなことは抜きにして名著だ。生物の物理と神秘は確かに表現されているし、なんと言ってもその表現は一流だ。参った。

ただ、自称文系の人は理系向けだと言っているし、自称理系の人は文系向けだと評しているのがちょっと微妙な位置付け。


レアメタル・パニック Rare Metal Panic (光文社ペーパーバックス): 中村 繁夫 著

この本も読み応えがあった。現在の先端技術は多様な稀少元素が必要なのも知っていたし、それらが埋蔵資源としては偏在しているということも知っていた。けれども、そんな通り一遍の知識を大きく凌駕する現場のリアリティを感じる内容。この本も貴重な資料として使えるのと同時に破天荒な著者の一代記として読めるあたりが秀逸。

「アーバン・マイン」あたりの発想は今後ますます重要になるでしょうね。RHoS指令は、理念としては良かったが、鉛をリストに入れてしまったのはちょっと失敗だと思う。今からでも遅くはないので、鉛の使用を解禁して、代わりに環境へのエミッションを規制するように修正すべし。水銀にしても、金属水銀とアマルガムと有機水銀の区別をしないような元素含有規制はちょっと荒削りすぎる。鉛は安くて性能も良くて、半田合金などは錫の資源化という意味も含めてリサイクルシステムを整備したほうがトータルでの環境汚染なども防げるのに、今の流れはなんとかならないものか。


そして、先日もらった図書カードで購入した2冊。


数学ガール: 結城 浩 著

これは未読。ちょっと紙の質が悪く、湿気を吸って早くも歪んでいる。まあいいか。


日本人をつくった教育―寺子屋・私塾・藩校 (日本を知る): 沖田 行司 著

明治期の日本は確かに優れていたが、それは結局のところ江戸期の日本の遺産だったように思う。昭和にもその残照があってほどほどにうまくいっていたが、日本の「伝統」とか「保守」とかを考えるときに、明治政府が採用した国学的な歴史観では説明しきれない部分が多くて、まずは江戸期を知る必要があると思い、購入。「算法少女」の影響ももちろんあるのだけれども、やはりたまたま手に取ったこの本を読んだ影響が大きい。杉浦日向子さんの作品を読もうと思ったのもこれを読んでから。

今回購入した本も非常に興味深い内容で、日本の教育史をなぞりながら、明治政府が学校制度を敷く以前の教育の特徴が広い視野で述べられる。本書の中に寛政元年(1789)に刊行された木版本にあるという「させる才力なくても童幼の師となる程の覚えあれば、其処に据え置きて、村里賤民まで物学びさせたる事なりし。已後世に村学蒙師と称するもの之なり。今の寺子屋と云もの此の類なり」という言葉があり、これを読むとますます寺子屋のようなものを営んでみたいという気持ちを強くした。

現在の学校に置き換わる存在ではなく、私設の学童保育所を形態として、ただ遊ばせるのではなく、落ち着いて学校の宿題をしたり、わからないところは質問でき、また特に興味のあるものがあれば進んで学んでみたり、あるいは騒いでみたり静かにしてみたり、ときどきつまみ食いなどしてみたり、そういうことが存分にできる場を提供できたらと思う。そうすると昼はこちらにとって空き時間となるから、そこで別に「本業」を持てば、寺子屋事業で多くの金銭を求める必要もなくなるように思う。

「教わる」ではなく、主体的に「学ぶ」という点を重視したい。わからなかったことがわかるようになるということは、誰にとっても楽しいことだし、その気持ちを学校に持ち帰れば、ただ押し付けられた学問より、一層多くを学べるように思う。そしてその学問はただの通過儀礼ではなく、いつかどこかで役立てなければいけないということも知っていて欲しい。

実際に学ぶのは、各人の個性興味によって、学校の科目と同じ分野でもいいし、外国語でもいいし、経済学や法学の基礎などもあっていいだろう。理科でも一般に科学と呼ばれる理学分野だけでなく、機械・電気・情報・医療生命などの工学分野の初歩が学べてもいいのではないかと思う。簡単な製図や電子回路の組み立て、顕微鏡観察、Full BASICドリトルなどのプログラミング言語などにも接することができれば、きっと面白いと思う子供もあるだろう。上記ならなんとかなるが、スポーツや芸術分野については優れた師に付いたほうがいいだろうから、これはどこかでボランティアを募ることになるのではないか。

もちろんただ楽しければいいというものではなく、基本的な躾や倫理的な部分も指導できなくてはならないが、「自分との付き合い方」がわかればあとはなんとかなるし、それ以上の部分については現代では不確定要素が大きすぎるから、あまり堅いことを言わないほうがいいだろう。究極的には子供が「楽しい」と感じることに尽きるように思う。楽しいことなら、たとえ大人が止めても子供たちは学ぼうとするはずだ。

一方で実際にこれを提供するというのは、そうした寺子屋授業を受けていない身にはやはり難しい。結局のところ、どこかで自分自身が学んでこなければ、実際に将来ある他人様の子供を預かることはできない。「文字による学問」だけでは不十分であることはデカルトも言っているし、確かにそのとおりだと思う。

自分自身の未熟もあるし、不惑までに実現しなくてもかまわないが、あまり余命が短くなる前に果たしておきたいという欲もある。論語にも「子曰 年四十而見惡焉 其終也已」という節があり、一般には「とし四十にして悪(にく)まるるは」という訳が付いているけれども、もっと素直に読むなら、「四十歳にもなって見どころが無い、そんなやつはもう終わってるね」というような感じになるように思う。5年後の目標の一つとして、この道は考えに入れておきたい。

とまぁ妄想は広がるのだけれども、果たしてどうなることやら。とりあえず法規制くらいはクリアするようなシステムを作りたい。対象はあくまで目の届く人数で。「本業」をどうするかというほうが大問題ではあるのだけれども。なんだかんだと言って、ローンの返済が最優先課題であったりして、現実はいつの世も厳しい。
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by antonin | 2007-11-10 04:51 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 鬼港一輪 at 2007-11-15 02:54 x
この中では、『生物と無生物の間』に興味があり読んでみましたが、少し残念な気持ちです。要するに、セントラル・ドグマがあまりに完璧な複製現象であるという観点と、DNA・RNAについて、自己複製子という表現を盛りこんで戴きたかったと思います。
Commented by antonin at 2007-11-15 12:21
コメントありがとうございます。

確かに、いろいろと中途半端な部分もありますし、著者の研究範囲だけがやたらに価値が高いように書かれている面はあるのですが、本著の目的から言えば、これでいいのだと個人的には思っています。

「動的平衡」にしても、「散逸構造」とか、本来の熱力学的な平衡現象を知らないがために独自の言葉を編み出したような印象があります。熱力学的平衡も普通は動的均衡なんですけどね。一方で私は「論理負荷」という言葉は知りませんでした。

ちなみにRNAやDNAは単独では自己複製ができないので、自己複製子というと転写酵素などを含めたシステムを指すような気がします。でないとウィルスも生物に含まれることになってしまいますし。

http://antonin.exblog.jp/6058158/
にあるフォン・ノイマンの生命の定義あたりが理論的には参考になると思います。

けれどもまぁ、私もあんな描写力のある文章を書いてみたいと思わされました。総合的に評価して星5つだと思います。(Amazon風)
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