安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
検索
最新の記事
アキレスと亀
at 2017-05-02 15:44
受想行識亦復如是
at 2017-05-02 03:26
仲介したことはあまりないが
at 2017-04-29 03:36
サンセット・セレナード
at 2017-04-12 23:17
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
光は本当に量子なのか
at 2015-03-17 23:48
記事ランキング
タグ
(295)
(146)
(122)
(95)
(76)
(65)
(59)
(54)
(45)
(40)
(40)
(39)
(32)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

天界の音楽

三平方の定理で有名なピタゴラスは、その教えを門下の弟子の間だけの秘密としたという。これはギリシャ古来の秘儀を伴う宗教を背景としており、幾何学を極めた領域に世界の神秘を見出すというピタゴラスの一派は、ピタゴラス学派とも、あるいはピタゴラス教団とも呼ばれる。

こうした、神秘主義的な数学的世界観は、キリスト教の全盛期には異教の教義としてすっかりヨーロッパから消滅してしまったが、それを部分的に受け継いでいたイスラム社会との接触を基点として、ルネサンス以降のヨーロッパでは再びそうした考え方が見られるようになった。ケプラーの3法則を見出したヨハネス・ケプラーにも、先代の天文台長ティコ・ブラーエが書き残した惑星運行の無機質な観測データからあの美しい法則を見出した背景に、天界にはオクターブの音階と同じ「調和」が存在するはずだというインスピレーションがあったのだという。

バッハの有名な曲に「平均律クラヴィーア曲集」というものがあるけれども、現在作曲されるほとんどの曲の演奏に用いられている平均律が、鍵盤楽器の調律に使われ始めたのがこの曲集が作曲された時期に重なるのだという。では、それ以前は平均律ではない調律法が使われていたということで、それが何なのか、学生時代には知らなかった。もう8年ほど前になるけれども、友人の家で何気なく放送大学のテレビ放送を眺めていたら、ちょうどそのような内容の講義が放送されていた。

その放送の中で、唯一耳に残った「ウルフの音階」という言葉を検索してみると、次のページに行き当たった。

岡部 洋一 のトップページ」より「音階

なんとなく見覚えのあるような内容である。この岡部洋一さんは音楽の専門家かというとそうではなく、トップページのほうの出版目録などを見ると電子情報系の専門家であるらしい。「スキーの科学」「ハイキングの科学」などの著作もあり、なかなか楽しそうな先生だ。

この資料などを読むと、調律法に関する理論付けの起源はピタゴラスにあるらしい。もちろん、文書として残されている最古のものがピタゴラス教団の理論だというだけであって、調律法自体ははるかに昔から存在していたのだろう。けれども、そこに弦の長さの幾何学を導入して、音楽のような芸術の女神の領域にまで幾何学が適用できるという神秘を発見したのが、ピタゴラスをして幾何学に神を見せたのだろう。ルネサンス以降のヨーロッパでも、神がコンパスで天地を創造する「数学者としての神」という図像も描かれているという。

ところでピタゴラスの調律やその後進化を遂げた純正律などでは、特定の音階は非常にきれいな整数比の和音で調和するのに対し、それ以外の音階では平均律の不協和音よりひどく濁り、結果的に作曲法は非常に制約を受けたらしい。それが平均律の登場により、より作曲の自由度が増して今日に至ったのだという。

一方で平均律はどの音階もある程度きれいに調和する代わりに、どの二音も完全には調和しない。それがうなりを生じて、結果的には美しい響きに貢献するものの、完全な整数比で調和するピタゴラスの調律や、より自由度が高いながらも比較的単純な整数比の音階が得られる純正律などで調整された楽器による演奏にも、独特の美しさがあるのだという。平均律の普及以前に作曲された音楽については、本来こうした調律で演奏されるべきだという意見もある。

最近国内のあちこちにカリヨンと呼ばれる、西洋の釣鐘を組み合わせた固定楽器が設置されているが、あれを使って現代曲を演奏すると、妙な濁りのある和音を響かせることが多い。それはそれで普段聞きなれない音であって味わい深いのだけれども、おそらくそれは平均律以外の調律法で調整されているのだろう。カリヨンが調律を受けている、本来の音階に適した曲を演奏したならば、いったいどのような音楽になるのだろう。

ヴァイオリンなどのフレットを持たない弦楽器では、調律は演奏者の耳に依存するので、平均律で訓練された演奏者は平均律以外の調律で演奏するのは難しいと思うけれども、逆に言えば慣れさえすればどのような調律も指を置く位置しだいでいくらでも変更可能なはずで、そうした芸当が可能な演奏者もヨーロッパ辺りにはやはりいるのだろうか。


ローマ帝国のコンスタンティヌス帝がキリスト教を公認したとき、それまでアナトリア地方などで文字通り地下に潜って暮らすなどしてきた初期キリスト教が、ローマ帝国の版図に広がるにつれ地域ごとに分裂を始めた。そうしてローマ正統派から距離を置いた一部の宗派はまだ北アフリカなどに現存しており、そういった地域で歌われる聖歌は、ドイツあたりの教会で歌われる聖歌などよりは、むしろアラビアやペルシアなどで朗詠されるイスラム教のアザーンなどに近い響きを持っているのを聴いて、不思議なものだと思った。

この相似は、イスラム教勢力の拡大以降、少数派として生きることになったキリスト教の聖歌が、イスラム教音楽の影響を受けて変遷したものとも言われているが、純正律や平均律のように理論的な研究が無い限りは、音楽というものは変化しにくいもののように思う。むしろ、地域的に見てどちらも地中海東岸に端を発する初期キリスト教と初期イスラム教が、古代のギリシアやペルシアなどに由来する、同じ調律によってそれぞれの宗教音楽を編み出したものと見るのが妥当であるように思う。

ピタゴラスは芸術に幾何学という理論を適用することで在来の常識を破ったけれども、工学理論全盛の時代に生きる人間にとっては、芸術分野であっても平均律という強力な理論にすっかり浸って暮らしているから、そうした強力な理論が生まれる以前の非力な理論を知ることで、かえって視野が広がる。現代人に求められるのは、案外に「天動説的転回」とでも言えるような発想なのかもしれない。

----------

今日の漂着地:"Chakuwiki"より「インド

インドア大陸」を検索していて漂着。
もちろんこれは「インド亜大陸」の誤変換なのだけれども、検索の上位に本気の誤変換が多く並んでいて戸惑う。Windows VistaのIMEには「亜大陸」という単語があるので問題ないが、そういえばXP標準のIMEでは変換できなかったかもしれない。

かつてのIMEは「貴社の記者は汽車で帰社した」を一発変換するように学習させると、助詞である「の」「は」「で」と組にして学習していたため、入力中の頻出単語でも続く助詞が変わると第一候補から転落してしまうという変な癖があったが、VistaのIMEではそのあたりが改善しているようだ。「貴社の記者は汽車で帰社した」などは一発変換であるが、文節単独では「貴社は」「貴社で」と変換されることから「貴社」が第一候補として使われており、「きしゃさん」「きしゃのはなし」などは「記者さん」「記者の話」となることから、より高度な推論規則が追加されているのだろう。「貴社が走る」はちょっとお馬鹿だけれども、これくらいでちょうどいいのかもしれない。
[PR]
by antonin | 2007-11-21 02:09 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/7732049
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
<< 常在ウィルス仮説 BLOGから書籍化 >>


フォロー中のブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル