安敦誌


つまらない話など
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スルメイカより紋甲烏賊

タイトルに意味はありません。

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日本に活力を与える方法を提言。

『法令の90%を廃止』

あふれる法令のお陰で飯を食ってる司法資格者や行政職員なんかも多いのでまず通らないだろうけれど、これはかなり効果があるんじゃないかと思う。

最近「偽装」だのなんだのが話題に上ることが増えてきて、それに対してマスコミがしばしば祭り状態になっていて、挙句の果てに規制の強化なんて言う流れになるけれども、これは最悪の流れだと、みんな薄々というか、かなり実感を伴って気付いているんじゃないか。大企業や官僚ばかりが叩かれるけれども、そこらの日本人を見れば、みんな同じようなことをやっている。

昔は日本人というと、車も来ない道でも赤信号なら止まって待つといわれていたし、実際にそういう人が多かった。それが最近だと、車が来ても、そしてこちらが赤信号でも、「自動車は歩行者に道を譲るのがマナー」というような勢いで横断歩道を渡っていく人がいる。「人がいる」というレベルではなくて、そういう人のほうが多い。

これはかなり逆説的だけれども、「ルールが整備された」せいなんじゃないかと思う。問題があると、管理サイドとしてはそれを取り締まるルールを設定することで「再発防止策を打ちました」という報告書が書けるのだけれども、実際に残されたルールを見ると、こんなもん本気で守ってたら仕事になんねーよ、というようなものが本当に多い。実際、ISO-9000シリーズの品質保証システムを競って導入したあたりから、日本人の様子もかなり変わったように思う。

場当たり的なルールが累積して、まともな行動が阻害される。明治憲法下で作られた漢字カタカナ交じりの法律と、グローバリゼーションの影響で「違う意味で」漢字カタカナ混じりの法律が、互いに干渉して全体的な法体系を破綻させている。その上、次々に新しいルールが追加され、さらにはみんなが口うるさく「マナー」なんて事を言い出す。しかもそのマナーとやらも、誰かの「心のマイルール」みたいなものがほとんどで、あまり共同体のルールとしては実がない。

ルールだけならゴマンとあるから、どんな行動にも難癖が付けられる。うまく探せばそれを無効化するような法律だってどこかに埋もれているから、結局は理屈じゃなくて感情論で決着する羽目になる。

もう、パッチだらけで障害が頻発するようなシステムは一回破棄して、シンプルかつクリーンなシステムをスクラッチで書き直したい衝動に駆られるが、まあ実際問題そうもいかないんだろう。OSなら雑多なデバイスドライバがなくなったって周辺機器がいくつか動かなくなるくらいだが、法律の場合、ある法律が消滅することで職を失うような人間が出てくる。「星の王子様」に出てくるガス燈守りみたいな人だ。

時代に合わなくなったのに放置されて誰も守らなくなった自動車の速度規制の話や、第2項はともかく第1項はどう考えてもおかしい憲法9条が放置されている状態が、だんだんと日本人の法律に対する感覚をおかしくしてきたというような話は過去にも書いたけれども、なんというか、肝心なところで嘘が放置されているのに、細かいところでは本当に胸糞が悪くなるくらい細かいルールが設定されていて、仕舞いには「コンプライアンス強化」なんていう話になってくる。実際問題として遵守不能なので「現実的運用」をしていると、事情をよく知らない外野から「偽装」と騒がれる。なんだか随分と面倒な世の中になった。

ルールがシンプルで、それでいて全体としての整合性が取れていると、ルールの網目の隙間にある「法の精神」とやらが素人でも推測しやすい。常識的に考えてこうだろ、というあたりで大体見当が付く。細かいことは当事者が判断すれば適切に事が運ぶし、人は常に考えることを要求され、訓練される。それが、異常に細かいルールが目白押しで、しかもそれらが互いに矛盾したダブルスタンダードやトリプルスタンダードみたいなものをたくさん含んでいたりすると、人は常識で考えるということをやめて、目先のルールに場当たり的に対応したり、もう面倒になってごっそり無視してしまったりする。今はちょうどそんな状態なんじゃないかと。「まあ、形だけですから」

プログラムなんかでも、あまり大域的なスコープを持つ情報というのは、予期しない動作の原因となるので嫌われる。機械なんかでも、ユニットの制御はユニット内でいったん完結させて、ユニット間のインターフェイスを流れる情報というのはなるべく減らしたほうが全体としての制御はうまくいきやすい。

この地方だけのルール、この町内だけのルール、この会社だけのルール、この家だけのルール。そういうものを積極的に認めるような、分権とか自治とかモジュール化とかカプセル化とか、そういった古典的な手法を使わないと、でかいシステムはたいてい破綻する。日本なら国家全体を覆うルールが多すぎる。文部科学省と経済産業省と国土交通省といった省庁の政令がそれぞれ独自の論理で干渉しあっているだけでも面倒なのに、それが国際ルールと複雑に絡み合ったりしていると、もうまともに制御可能とは思えない。

そこらへんの基本的なスパゲッティ状態に10年以上曝されてきた結果として、日本人はこういう風に変わってしまったのだと思う。モラルの低下を嘆くのは簡単だけれども、なんというか、ある意味とても自然な反応なんじゃないかと思ってしまう。意味があるんだかないんだかわからないけど、感心するくらいに複雑なルールよりは、一瞬不安になるくらいシンプルだけれども、その意味するところならはっきりと理解できるようなルールのほうが、一般市民としては守りやすいし、取り締まるほうとしても現実的になりやすい。

嘘つきは泥棒の始まり。そういう意味では憲法改正には大賛成なのだ。憲法改正となると手続きも色々と面倒なので、どこかのパイロット校で校則を10条くらいの箇条書きに抑えるようなことを試してみたらどうだろう。校則というより拘束みたいなのが多すぎて、生徒たちは自分の頭で状況を考えることを放棄せざるを得ないような育ち方をしてるんじゃないだろうか。『「懲役」と「担当さん」の365日』という本を読んで思ったのは、学校生活と刑務所生活はよく似ているな、ということだった。

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いやまぁ、それにしてもモンゴウイカはおいしいですよね。ヨメがスルメイカで育ってきた人なので私も最近食っていませんが、あのコリコリした食感が懐かしいです。
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by antonin | 2008-02-10 01:05 | Trackback | Comments(0)
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