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私たちが現在使っている日本語では、単語のほとんどはその来歴を外来語または外来語に基づいた派生語として説明することができる。ある知事はかつて、フランス語は数字を数えるのに不便な言語であると発言したこともあったが、実は日本語はフランス語以上に大きな数を数えるのに不向きな言語である。 本来の日本語である、和語とか「やまとことば」と呼ばれる範囲に限定すれば、数字は次のような系列になる。 ひ ふ み よ いつ む なな や ここの とお 「ひとり」、「ふたり」、あるいは「ようか(やうか)」、「ここのか」、「とおか」という言葉は、これらの和語による数詞から作られている。和語では1から10までは普通に数えることができるが、それ以上の数字はやや面倒な構成をとらざるを得ない。20や30なら「はた」「みそ」と数えることができるが、例えば13であれば「とおあまりみっつ」というような表現にならざるを得ず、とても大数を扱う算術を生み出せるような言語ではなかったというのが正しい。 しかし日本には中国大陸から取り入れた漢字文化が古くからあり、そして漢字文化には非常に整然とした十進表記体系が存在していたから、日本人は10を超える数字はもっぱら漢数字で表現することができた。そのため和語は、1500年以上も数詞を発達させる機会を失ったまま現代に至ったと考えるべきであろう。 同様に、現代フランス語で数字の発音が少々複雑であろうと、近世フランスにはアラビア数字がもたらされたのであり、そこには高度な数学が発達した。ラグランジュ、ルジャンドル、ポアンカレ、ヴェイユなどが紡いだフランスの輝かしい数学史を、あの知事はおそらく知らないのだろう。 話を元に戻せば、日本語はそれと気づかないような外来語の宝庫であり、それは日本が世界に目を向けてきた歴史の重層を示すものでもある。漢字は「漢」の「字」と書くとおり、中国大陸が秦により統一され、同時にそれまで地方によりまちまちだった文字が統一されたものを、日本が輸入したというところに由来する。したがって、漢字で書かれる言葉のうち少なくない部分が、かつての「外来語」だったのである。漢字は日本文化に深く浸透したから、江戸期や明治期の日本人がヨーロッパ言語から「漢訳」した漢語の多くが、中国にも「逆輸出」された。 そしてもちろん、現代日本語における外来語は中国大陸由来のものばかりではない。「合羽」や「襦袢」などは安土時代に日本へ到達したポルトガル人からもたらされた衣類に由来し、今では漢字を当てられてすっかり日本語のように見えるが、その語源はポルトガル語であるというのが定説である。それぞれポルトガル語の"capa"と"gibão"に相当する。 同様に現代日本語の中に残されている「外来語」のひとつに、「ハナゲ」がある。現在では「鼻毛」という当て字が定着しており、その意味のあまりの適切さから、これが日本語であることを疑う人は少ない。しかし歴史を丁寧に紐解けば、それがやはりポルトガル語に由来することが明らかとなる。ハナゲに対応するポルトガル語は"hãnage"であるとされているが、その単語に「鼻毛」という意味はない。しかしなぜ"hãnage"は「鼻毛」として日本に定着したのか。それは少々複雑な謎解きとなる。 ポルトガル人宣教師が南シナ海を経て日本に到達する以前には、日本語に「鼻毛」ないしは「はなげ」という語彙は存在しなかった。それを指す語は存在していたが、直接に鼻毛だけを意味するという語ではなかった。古い歌にこういうものがある。 あおぎみゆ きみがおもてに くろくさぞ われたわむれに おさむるもいらじ 適切に漢字を当てれば、 仰ぎ見ゆ 君が面に 黒叢ぞ 吾戯れに 収むるも入らじ となり、敢えて現代語にすれば、 見上げた あなたの顔に 黒い草があって、 私はふざけてそれをしまってみようとしたけれど 入らなかった というような意味になる。どこにも鼻毛など出てはこないが、女性が男性の顔を見上げた際に目に入った「くろくさ」がその隠喩であるとされている。この歌が広く知られた時代には、近畿から九州にかけての広い地域で、鼻毛は「くろくさ」かそれに近い音で呼ばれていた。しかし、長崎県の郷土史研究家である荒麻蒼海氏の報告によれば、長崎地方の一部では「くろくさ」のほうではなく、「いらじ」が転訛した「いらげ」という言葉で呼ばれていたという。 ポルトガルからの宣教師が南方から日本に到着し、比較的初期に布教が進んだ地域では、鼻毛は「いらげ」と呼ばれていたのだが、そこに「収まらないもの」であるとか「逸脱したもの」という意味のポルトガル語である"hãnage"が伝わり、「入らじ」という意味との共通性や、「ハナゲ」と「いらげ」との音韻的な類似性から、長崎地方では鼻毛という意味での「ハナゲ」という語が定着したとされる。そして江戸期を通じてその単語は九州北部から長州(現在の山口県)にかけての狭い地域で方言として使われるようになった。 そして江戸幕府が倒れ明治政府が樹立すると、その立役者の一派である長州勢が新都東京へと進出した。国民の教育水準向上が富国と強兵を生み出す源泉であると看破した明治政府は学校制度を確立させたが、これと同時に新しい時代の日本語である「標準語」が誕生し、全国へと普及することとなった。これと時期を同じくして、「鼻毛」という漢字表記を得た「ハナゲ」が、一地方の方言から正式な日本語の一員となった。 葡語の"hãnage"と同源の名詞は西ヨーロッパの各言語にも存在し、英語、仏語、独語にそれぞれ"hanage"という単語が存在する。ドイツ語では「ハナーゲ」、フランス語では「アナージュ」と発音される。フランス語などのラテン語族ではしばしば"H"の発音が消えており、フランスでは日本のキャラクタである"Hello Kitty"が「エロキチ」と呼ばれて若い女性に親しまれているというのは、比較的有名な話である。 参考:「Ca va? : イメージが・・・」 英語の"hanage"は慣習的に「ハネージ」と表記されるが、実際の発音は「ヘァニヂ」に近い。この発音が日本語の「鼻血」と似ていることから、「鼻血」もまたハナゲ同様に"hanage"を語源とするという説があるが、これは俗説である。英語の"hanage"と日本語の「鼻血」を直接に結びつける文献学的な発見は現在まで報告されておらず、一方で「鼻血」という単語の登場は、「ハナゲ」に「鼻毛」という字が当てられることが一般的になった明治中期以降であることがほぼ確かめられている。そのため、鼻毛という「熟語」からの類推によって「鼻血」という語が作られたという説が、現在では最も有力である。 -- なんていう話を4月1日に書けたらよかったのにな。 今日の孤立素材:「サン=ポール・ジャルトル」(0件)
by antonin
| 2008-05-15 23:51
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