安敦誌


つまらない話など
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覚悟とか

早く寝ないとなぁ・・・。

--

現代日本人は色々と言われているわけだけれども、その多くがいつの時代にも共通の「今の若い者は・・・」というボヤキであると確信している。今どきの若者でも優秀な人たちがいくらでもいる。それでも他方では、確かに現代日本人は過去の日本人に比べて覚悟が甘いというのも確かである。「シュガー社員」なんて言葉もあるそうだが、私なぞ超シュガーだ。シュガーすら通り越して、合成甘味料のように桁違いに甘い。

私も一応男系をたどれば武家や軍属の末裔にはなるらしいのだけれども、これから戦争に行けだとか、そこでよく知らない司令官の命令どおりに動けだとか、しかも3人くらいの部下を与えられて、命令には絶対服従だが、その命令の範囲内で現場の状況を認識しながら随時適切な判断を下して、部下を含めた命の責任を持て、なんて言われたら即座に断るし、たぶん移動中に病気になったり死んだりする。実に甘い。

戦争までは持ち出さないにしても、例えば来月から無期限にインドに行ってオフショア開発の手はずを付けて来いとか、もっと日和って名古屋で新しい顧客に接触して新規の仕事を取って来いとか、その程度でも全く面倒くさい。実に甘い。

私がこのように甘いのにも理由付けは可能であって、例えば日本では60年間戦争に無縁で徴兵制もないとか、かといってタイのように少年が仏教寺院で一定期間の修行を終えてから社会に出るといったシステムもないので、社会に出る寸前まで「子供」の立場を存分に利用して生きてきたという要因は考えられる。子供同士が自治活動をして、人間同士のむき出しのエゴをぶつけ合うような場もそれほど経験しなかった。

ここからは時代的な環境要因というよりは個人的な事情になるのだけれども、妹が生まれるまでの約10年間は一人っ子として自由気ままに育ってきた。父方母方両家にとって初孫でもあったので、ふんだんなおもちゃに囲まれて部屋遊びばかりしていたら、小学校に上がる頃にはすっかり運動音痴になっていた。毎日部屋でおとなしく本を読んだりテレビを見たりテレビゲームで遊んだりして育った。前にも書いたが、我が家にはファミコンが登場する5年前のインベーダーブームの頃に一時的に流行したテレビゲームがあった。実に甘い。

当然、思春期にもスポーツの全国大会を目指して毎日過酷な練習を繰り返すようなこともなく、かといって受験勉強に邁進して東大一直線という意欲もなかった。身内にはサラリーマンも公務員も一人もおらず、皆自営業かそれに似たような業種だった。そんな影響もあってか、家庭環境の中にはエリート的な危機意識のようなものは一切なかった。実に甘い。

あまり自虐的になっても仕方がないので、対象を広げてみよう。私が生まれる前には三島なんとかという作家が軍人コスプレをして腹を切ったが、その当時でさえ本物の軍人である自衛官にすら冷笑を浴びていた。それでも当時の日本人は、終身雇用制を敷いた企業への強力な帰属意識から、ほとんど捨て身に近い献身的な仕事ぶりで日本経済を急成長させた。「芸のためなら女房も泣かす」なんて歌が流行し、実際に妻たちが子供たちに不在の父親への不平を述べながら子供を育てるということが一般化した。

日本軍が戦争をやっていた頃には命を張っている軍人はたくさんいたし、民間人上がりの兵士ですら国家や故郷や家族のために"suicide bombing"さえやってのけた。銃後の母はそのような無謀さに黙って従ったり、あるいは積極的に支援をしたりして、子供でさえ命を捨てる覚悟を持っていた。そして実際に多数の子供が死んだ。生き残った子供もそれを見ていた。

明治期にはもっと素朴な兵器で肉弾戦に近い戦いもしていたし、勝ってさえいた。白い飯を食うために軍隊に入り、立派な軍服に身を包むことに強烈な誇りを持っている兵士がいた。森鴎外が陸軍付きの医師として、脚気の予防には麦飯や玄米が効果があると聞いてもそれを受け入れず、白米と肉食にこだわり続けた。

幕末にはかつて見たこともない欧米の軍艦を向こうに回し、国内でも政治的な駆け引きと軍事的な闘争によって日本の再統一と立憲君主制による近代的独立国家の樹立を成し遂げた。

現代では比喩的な意味しか残っていない「腹を切る」という表現も、江戸の武士たちは自身の責任や集団全体の責任を引き受ける意味で、本当に腹を切って死んでいた。それでも江戸後期の武士たちは腹に少し刃物を当てるだけで介錯されていたというが、覚悟の強い者は腹を横にさばいてから縦に切り替えてさらに刃を進めたというし、江戸も初期なら本当に腹を切って自害する者も少なくなかったという。上司や同僚を介錯する立場の覚悟というものも並大抵ではないだろう。

戦国期には日本中で剣、弓矢、銃などによる合戦が相次いだし、秀吉が検地や刀狩りで庶民をただの農民に替えてしまうまでは、武士と農民の差は明確ではなかったという。農村の中の有力者が武器と兵糧をそろえ、利害の一致する勢力に加担して戦うというシステムがあったから、戦闘に無縁な人間というのは少なかっただろう。

戦国期に日本の農業や治水が急速に発達するまでは、日本の農業は天候不順に非常に弱かったという。現在の日本の都市が置かれる沖積平野に日本人が進出したのは戦国期以降で、それまでは河川の氾濫のために平野に住むというのはそれほど簡単なことではなかったらしい。ヨーロッパ人はなだらかな丘の上に住んだが、日本人は谷あいや海沿いの傾斜地を好んだのだという。旱魃による飢え、豪雨や地震による土砂災害、それにいつ来るかわからない病気などで、人間は簡単に死んでいった。

とにかく、そういった命の危険がいつも生活の横に存在していて、ある種の諦観に基づく覚悟を共有していた世代に比べれば、私たちは確実に甘い。特に私などはアスパルテーム級である。極めて甘いが、栄養にはならない。それはそれとして認めよう。そこで取りうる策は3つ。今から覚悟を決めるか、覚悟が無いなりにより良く生きようとするか、あるいは開き直って自己肯定するか。

個人的には第一の選択はもう無理だと思っている。覚悟というのは多分に感情的な過程であり、前頭葉で起こるある種の思考が大脳辺縁系の辺りをいい具合に刺激するような回路が学習などによって形成されている必要があり、そこから反射的に発生する信号が生み出す自己肯定感が、大脳全体を、ひいては肉体全体までを前頭葉の適切なコントロール下に置く。こういう下位レベルの学習というのはおそらく思春期以前に完了していて、不惑が近づくとこのレベルに大きな修正を加えることは難しいだろう。可能だとすれば、命が危険にさらされるような状況に置かれて生還するといった経験をするくらいだろうか。

すると第二か第三の選択ということになる。現在は第二の選択肢を取ろうとしているが、不惑を前にして、急激に第三の選択肢にも近づきつつある。タヌキオヤジ化という道である。体形もガリヲタ系から標準体形に移って久しいので、タヌキ腹をしたタヌキオヤジを目指すというのも悪くないかもしれない。そして、最近のゆとり世代は甘い、などと自分のことはすっかり棚に上げて無責任なことを言うのだ。マロングラッセのような甘い成熟。

とまあなんと言うか、今までは「努力?なにそれ?どこで売ってるの?」という育ち方をして、「成功体験?なにそれ?食えるの?」というような社会人生活を送ってきたのだけれども、最近になってなんとか少しずつマシにはなってきたので、いくらか良好な向きに進めていきたい。

しかしなんというか、社会人生活13年目にして初めて直属の後輩というものがついて、これはなんだか面白い体験ですな。年下の同僚というのは過去にも居たのだけれども、私があとから転籍したので、どちらかと言うと自分のほうが後輩として色々と業務を指導してもらったという具合だったし、部下はいたけれども、年上のノンキャリア社員でいろいろと面倒だった。たとえ半年程度といえども、在籍期間的にもこちらが先輩というのは大学のサークル生活以来の事象だったりする。それなのに後輩と年齢が離れすぎていてなんだか変な感じであります。
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by antonin | 2008-05-23 00:32 | Trackback | Comments(4)
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Commented by fazero at 2008-05-24 23:20 x
なるほどー
よのなか ゆーのわ むずかしー のねー
この かいせつ わ たいへん やくに たった ある
ぼくわ おとなしーから いちゃもん つけられても わろてるけど、
あまし わらいすぎると てえが でるので、 どーも まともな みち わ
あるけん よーな きがする あるね
そーゆー ときわ よなか に たくしー・どらいば の あつまる ちーさい らーめん や で、
ばくばく あつあつ の たべて すーぷ も のんでまうけれど、 なんか ふとった よーな きいが して
なみだが でるある
で よくあさ おきると また もとの じぶん に もどってる のね
こんあん ずーと つづける のわ こまるあるねー
そのうち diabetis なるで ゆわれるけど、 うちの いえにわ その けーとー の ひと わ だれも おれへん (ふとりつづけて はれつ するだけ) えへへ
Commented by antonin at 2008-05-25 23:19
>ふぁぜろ

いやー。解説とかそういうのではないつもりだけどなー。自分個人のお話。

http://www.asahi-net.or.jp/~du1t-mrkw/ryousyo/keisei/dojokun/70nisite.htm
あたりの話が面白くて。愚は愚なり、鈍は鈍なりの不惑が近づいています。

まぁ殴って済むうちはいいと思いますよ。みんなが金の力を上手く扱えるような年代になると、なかなかエゲツナイことを始めますからねー。する側に回ったら回ったでまた面倒だし。

武術を極めると武道にありがちな精神論になっちゃうのは、あんまり強すぎると武術以外の力でやり返されたりするからなんじゃないかと。金儲けも似たようなもんですな。恨まれないってのは強いことより大事なのかもしれない。弱い人間はそういう心配をしなくていいから、ある意味、気楽。

とーにょーびょー は、早めに処置しないと足を失くしたりするから気をつけないとなぁ。でもまぁ、もう少し焼きが回ると深夜のラーメンが旨いと思えなくなったりもするから、そういう楽な面はありますよ。食いたいと思えるうちにたらふく食っておけと。
Commented by fazero at 2008-05-26 17:45 x
ううう しうまい も たべたい
Commented by antonin at 2008-05-26 20:28
たんとくえ、たんとくえ。
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