安敦誌


つまらない話など
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La vita è bella

シラケきった世の中とはいえ、やはり、盛大に結婚行進曲が奏でる中、シャンパンの栓が抜かれる光景を描いています。

妹の結婚式の記事に、こういうコメントを頂いた。気になるのは、「シラケきった世の中」という文句である。確かにそういう実感はある。世の中には閉塞感が漂っている。それが改善する様子も無く、「失われた十年」のあとに続いたのは「中流崩壊」という時代だった。

けれども、歴史を学んでいくうちに、果たして現在はそんなに悲痛な時代なのか、という疑問も沸いてくる。毎年3万人が自死している。ひどい時代だ。しかし、交通死亡事故は減少が続いているし、餓死者も低いレベルを保っている。医療崩壊といいつつも、現場で踏みとどまってくれている医師のおかげで、日本の医療普及率はまだまだ高い。

ただし、人間は微分する生き物だ。絶対的な水準を感知することは難しく、過去や他人と比較したときの差でしかそれを感知することができない。なまじ昭和の半ばが良い時代だったために、まだまだ良い国である日本にあって、その幸せを実感することができない。社会は悪くなっているし、自分はあの人よりも不幸だ、というところにしか注意がいかない。それが人間だ。

そういう時代でも、統計的には減っているとはいえ、子供たちは生れ落ちる。どういう時代かというのは知らずに、ただ生を受ける。そういう子供たちにとって、今の時代は人生で一度だけの幸福な子供時代なのだ。

「人間は、この世に落とされた不幸に泣き叫びながら生まれてくる」という解釈があって、なんとなくそれに同意していた時期があった。プラトンの書くソクラテスも、天界で真理を眺めながら暮らしていた魂が、何か悪いことをしてこの世に落とされてきたのだから、真理を求めて天界に戻るのが我々が幸せを求める道なのだ、というようなことを語っている。人間が真理を見出すのは、何も無いところから発見するのではなくて、天界を巡っていたときに見ていた真理を「思い出す」だけの行為なのだという。死後に向かう地獄というのは無くて、今まさに生きているこの世が地獄なのである。輪廻からの解脱を説いたゴータマ・ブッダの感覚もこれに似ている。

ただ、そういうシラケきった考え方というのは歴史上枚挙にいとまがないのだけれども、どんな時代にも強く生き抜いてきた人々というのは、カラ元気でもいいから、とにかく元気だったようにも見える。

今日の記事のタイトルは、日本で「ライフ・イズ・ビューティフル」という題名を与えられた映画の原題らしい。そして、その映画で描写されていたのは、ささやかながらも幸せに暮らしていた平凡な家族が、迫害を受け、ナチスの収容所で死に向かうという救いの無い場面だった。それも突発的な不幸などではなく、徐々に暗雲が広がり嵐になるような、微分する生き物である人間にとっては最も耐え難いような不幸だった。そういう不幸の中で、その不幸な現実を絶対に息子には見せまいと、父親が楽しい嘘をつき続ける。そして、最後にはそれが現実になるのだけれども、息子はあとになってそれが実は悲劇だったことを知る。

私たちは現在、今は悪い時代であり、これからももっと悪くなるだろうなどといって嘆く。しかし今この時代も、私のコドモたちにとっては人生の中で一番楽しいはずの子供時代だ。歴史を振り返ればそれほどひどくも見えない時代が、いつも嘆きの対象になっている。「古き良き時代」というのが特定の時代を指しているのかというとそういうこともなく、多くの人にとって幼少期というのは甘くて幸せな時代なのだ。

それはどういうことかと言うと、子供の周りには、いつの時代でも優しい大人たちが寄り添っていたということだ。いつの時代にも冷酷な大人はいただろう。しかし、優しい大人もいた。そういう大人たちが、冷酷非情な世間の現実から、弱くて小さな子供たちを守り育ててきたのである。だから、いつの世でも古き時代は良き時代なのである。それは、絶対評価として今よりも美しい時代があったのでは決してなく、社会を切り盛りしていく立場として現実と向き合っている現在よりも、両親の腕に抱かれていた時代が美しく見えるという、ただそれだけなのである。

私が子供の頃、テレビや遊園地には子供を楽しませるような楽しい世界がたくさんあった。それは、子育て世代に入った団塊の世代とその周辺に対する、団塊ビジネスの一環であったことは間違いがない。けれども、そういう商業的な背景の中で、私たちに苦いものよりは甘いものを見せようと努力している、それも苦いものを知り尽くしている大人たちが確実に存在していたことを、人の親になった今になって感じるのである。

もちろん、そういう時代にもシラケはあった。「シラケ世代」というと、全共闘を繰り広げたり就職戦争を繰り広げたりと忙しかった団塊の世代の後に続く世代を指す言葉だったし、高度経済成長の中の憤りややるかたない感じは「平成狸合戦ぽんぽこ」などにも描かれているから、私も少しは知っている。バブルの時代には「マルサの女」が時代の醜悪を描いていた。どの時代も嘆こうと思えば嘆くことはできる。元禄の世でも、戦国時代を近くに知っている世代は若者の軟弱で贅沢な姿を嘆いていたものだった。

若い頃が情熱に満ちた時代であって、現代がシラケた時代だと感じるのならば、それは自分が大人になった証拠か、あるいは当時の年配者に優しく見守られていたほどには、今の大人が現代の若者を優しく見守っていないという事実の反映に過ぎない。もちろん、経済的に伸びているのか縮んでいるのかという程度の差は歴然と存在する。なにしろ人間は微分する生き物なので、成長には浮かれるが、縮退には耐えられないのだ。けれども、嘘でもいいから子供や若者に夢を見させられるだけの度量が、成熟した大人には欲しい。

優しく見守られ、存在することに不安を持たない子供や若者は、厳しい指導にも耐えることができる。暖かく見守られ、その成長を認められた子供や若者は、より向上すべく自ら努力することができる。けれども、厳しさの中で存在することに不安を感じた子供や若者は、そういう社会を作った先人に感謝できるはずがなく、むしろそれを恨む。少しの成長が認められず、常により大きな成長を求められ続ける子供や若者は、いずれ自分に絶望して社会に背を向ける。

もし今の日本が崩れているとするなら、そういう大人の責任をこそ問うべきなのだけれども、なにしろ地球規模の政治経済状況の変動という影響は大きすぎて、大人にも堪えることのできない大波が襲っている。大人にも存在の不安が満ち溢れていて、子供の心理まで考える余裕はなかなか生まれてこない。

幸いにして、今の私の生活は安定している。それは磐石ではないし、裕福でもないけれど、とにかく死の恐怖には程遠い程度には安定している。こうした余裕があるのは、誰かに支えてもらっているからであり、それは家族だったり、会社の同僚だったり、あるいは社会制度を運用してくれている公務員の人達だったりするのだろう。とにかくそういう仕組みに感謝しつつも、ここで生まれる心の余裕は、今まさに育ちつつある子供たちや若者たちに振り向けたい。

別に就職を斡旋してあげられるわけでもなく、貧乏暮らしを裕福にできるわけでもないけれども、彼らもそれなりに頑張って生きていることを認めて、未来は決して暗くない、生きていればそのうちいいこともあるだろう、ということを笑顔で語ることができれば、ひょっとして本当に未来は明るくなるかもしれない。そんな風に思う。
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by antonin | 2008-06-10 00:39 | Trackback | Comments(2)
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Commented by kawazukiyoshi at 2008-07-08 01:52
子供や若者に夢を見させられるだけの度量が、成熟した大人には欲しい。
ここの文章には、すばらしい箴言がいっぱい詰まっています。
私が日ごろ考えていることにあまりにも近いので
感激してしまった感じです。
昔が良かったと言うのは、私には通じません。
そんな面もあるでしょう
でも今の生活が出来るこの時代は私にはもっといい気がしています。
人の心の冷たさを嘆く言葉もも聞きます。
そんなに昔が良かったでしょうか。
今も変わらないと信じています。
いい人はいつの時代でもいいのです。
悪い人はいつの時代でも悪いのです。
あなたの文を読んでほんとに良かった。
ありがとうございます。
今日もスマイル
Commented by antonin at 2008-07-08 02:32
>kawazukiyoshiさん

コメントありがとうございます。不躾なトラックバック、失礼いたしました。

その後、kawazuさんの書かれたものを読み進めましたが、批判の矛先はもっぱら「大人」に向けたものであり、また教育の場を守ろうという気概を読み取りました。

この記事も誰に充てたというものではなくて、半分自省的なものでした。kawazuさんの現代批判が過去を美化した視点から発せられているのではないというのも、あとになって読み取れて、やや恥ずかしく思っております。

他人事で無責任な批判が多い中で、社会や未来に対する責任を伴った批判の声もまた聞かれます。そういう人たちの存在も含めて、日本もなんとかなるさ、と思っています。

トラックバックを打ってみて、「今日もスマイル」の意味が少しわかり始めたような気もします。
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