安敦誌


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退却神経症とは何だったのか

安敦誌ではいくつかの緩やかな禁則事項があって、そのひとつに「自己を省みない」ということがあるのだけれども、最近の記事はこの禁則事項に反していた。しかしなぜこれが禁則事項なのかと言うと、ついつい愚痴が多くなるからという理由だったので、軽い躁状態だった最近の記事は、まあ例外として認めてもいいのかもしれない。

今日も自己観察で記事を書きそうになった。そしてそれもまた自分としては珍しい躁状態に関する内容にするつもりだったので、今回も例外処理にしていいのかもしれないと思ったが、やはり少し視点を変えて、比較的アップ状態の自分から過去のダウン状態であった自分を観察する、というものにしてみたい。

昨年あたりまでは「泥首」状態、つまり、泥沼に首まで浸かって、もがけばもがくほど沈むから、もう何もしないというような心理状態だった。これは今までに十分観察してきたので、もう少し古い状態を観察してみる。

今から15年ほど前、まだひとつめの大学に在籍していた頃、趣味でやっていた、本業と関係のない自主ゼミ活動などでは非常に積極的に勉強できたのに、本業の学科では全くやる気を喪失するという、不思議な状態に陥っていた。現在の「アカデミズム趣味おやじ」の原型がここにある。

この状態が時間を経るほどに重症になり、大学の指導担当教官の先生から「授業には出ているのだからレポートだけでも提出するように」というご指導の手紙を自宅宛に頂いたりしていた。両親も非常に心配していたが、自分でもどうしようもない状態が続き、なんとかしなくてはならないと考えて書店か生協で手に取ったのが、「退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服」というタイトルの新書だった。

この本に書かれている「無気力・無関心・無快楽」という形容が、当時の自分の状況によく合致しており、しかも「克服」とあるので、これを読めば状況が回復するかもしれないという期待をこめてこの本を読んだ。しかし実際の内容は筆者の笠原さんが精神科医の立場から症例を分類・分析する内容で終わっており、患者本人が読んでどうなるという内容ではなく、精神医学界を中心に広く問題を世に問うというような内容であった。

それはそれとして書籍としては優れていたのだけれども、「続きは病院で」というような終わり方であった。私は「精神科」などという強烈な名前の場所に行く勇気も無く、「心療内科」などのマイルドな名前の診療科があることも知らず、病院を訪れることはなかった。学内には学生向けのカウンセリング室なども用意されていたが、なんとなくひと気が無くて近寄りにくいような場所だったので、結局悶々としたまま、定員いっぱいの大学を追い出されるように卒業した。

そこからも苦悩の歴史は続いたのだけれども、その話はとりあえず措いて、ここでは「退却神経症」や、それに相当する現代青年の心理傾向について考えてみたい。ステューデント・アパシーやアブセンティズムなどといった形で、それらに類似の症状自体は比較的古くから報告例があったという。ただ、現代日本ではそういう傾向が急増しているらしい。現代といっても「失われた10年」と呼ばれる最近の話ではなく、笠原さんの指摘によれば1970年代から見られる増加現象なのだという。

その後、退却神経症という診断が日本の精神医学会で定着したのかというとそうでもなく、現代型の多様なうつ症状のひとつとして認識されているようだ。現状の臨床医学では、抗うつ剤や安定剤を処方するという汎用的な投薬療法がほとんどであり、診断を厳密に分類する意味は薄いのだろう。

1970年ごろという退却神経症の発生時期と、私自身の体験を重ね合わせて考えてみると、この現象と日本における偏差値教育の普及となんらかの関係があるのではないか、という仮説が思い浮かぶ。

現在では「偏差値教育」というと悪い教育の代表例のように感じるが、本来の「偏差値」とは、将来に不安を持ち、受験校の選定に当たって根拠のない博打を打つような決断を迫られる受験生たちに対し、合理的で健全な指標を与えるという、夜の海辺に建つ灯台のような役割を持つ存在だった。

参考:日本財団図書館(電子図書館) 私はこう考える【教育問題について】

学力偏差値とは、非常に強力で、そして明確な道具だった。このように優れた道具の常として、偏差値もまた過剰に信奉され、その本質的な実力以上に酷使されることになった。つまり、受験生たちが無謀な上位校に素朴な勉強法で挑んだり、十分合格の可能性がある学校を受験するのを恐れたりする事態を避けるという、偏差値の本来の用途に使われるだけではなく、模擬試験の結果から算出される偏差値と、大学の合格確率50%水準を示す偏差値「ランキング」表から、ほぼ自動的に志望校を決定するという、無機的な事態が発生するに至った。

私が初めて学力偏差値に触れたのは、受験を本格的に考えるようになった小学校6年生の夏だった。当初志望していた、唯一知っていた私立中学の名前を書いてから模擬試験を受けると、「再考」と書かれた紙が後日返却された。勉強を続け、何度か同じ学校名を書いたが、やはり診断は「再考」であった。これは、私を無謀な挑戦から遠ざけてくれたという本来の意味で、ありがたいものであった。

しかし、「有望」と診断された学校に入ってみると、その後も偏差値は付いて回った。宿題嫌いの私は学内の定期試験ではひどい点数ばかりを取っていたが、出題範囲の広い学外の実力試験ではさほど悪くない点数が取れたから、偏差値を見るのも別に気分は悪くなかった。ただ大学受験が近づいてくると、どの試験もだんだんと苛烈さを増し、全国の受験生たちが熱心に勉強を始めている様子が見て取れるようになった。

私も不熱心なりにも受験勉強をしたが、その成果が全国でどのぐらいであるのかを、繰り返し繰り返し、冷静に眺め続けることになった。そして自分の進路を考えるときにいろいろな煩悶があったということを、後輩に向けた合格体験記に書いた記憶がある。もともと電子回路やコンピュータが好きだったのだけれども、電気=物理=数学であり、数学が苦手な自分は電気を諦めて、成績の良い化学を選んで二次電池を作るんだ、それで無線機を軽く小さくするんだ、というようなことを書いた。

これは、無謀を退けたというよりも余計なものを恐れ過ぎたというほうが、年齢が倍になった今の時点からの感想である。偏差値は夜闇の中では良い指標となるが、レーザーのように鋭く照らしすぎると、目を傷める。自分の平凡さに目がくらんでしまう。競争に疲れる。努力によって多少成績が上がっても、それが20000位から14000位へのランクアップに過ぎないという現実に目がくらむ。

なんとか大学には入ったが、いつの間にか、試験の前に一夜漬けをしたり、友人からレポートを借りて丸写しで提出したりというようなことにさえ、力が入らなくなってしまった。「試験前に忙しくノートをコピーしているアリたちのような学生を、自分はキリギリスのように眺めている」というようなことをパソコン通信の掲示板に書いたら、「普段から勉強しているのがアリで、試験前に慌てるのがキリギリスかと思ったら、それを更に眺めているキリギリス(笑)」というようなレスをもらった。

この手の不整合は明治の昔から学生には当然に見られたのだろうが、統計処理が高度化した現代よりは、素朴な自己肯定感を得やすい環境にあったのではないだろうか。私のような本質的に平凡な人間が平凡であることを自覚するのはいいのかもしれないが、本来はエリートであるはずの人間もまた日本を背負って立つために必要な強烈な自負心を持つことができず、学年で上から100番くらいかな、という程度の冷めた意識しか持てないとしたら、これは国家にとって大きな損失だろう。

「ノーブレス・オブリージュ(高貴さの義務)」という言葉があって、これは貴族などの支配階級が、庶民とは違う自己犠牲の精神を持って大きな仕事に当たるということを指している。現代の日本でも政治家や官僚にこの精神を求める場合が見られるが、こうした身分の高さに特有の自己犠牲の精神は、自分は庶民とは違う特別な存在なのだ、という強烈な自尊心の上にしか根付かない。「公僕」というのは崇高な概念である「おおやけ」に仕えるという意味であり、一般大衆の下僕に成り下がるという意味ではない。しかし、高貴なる自尊心を形成する機会がなければ、重い義務に耐えることも公に仕えることも、共に不可能なのだろうと思う。

エリート層だけではない。福沢諭吉が言ったとおり、職業に貴賎はないのであり、職業ではなくて犯罪だ、というようなものを除けば、どの職業も社会を構成する大事な要素である。コンビニの店員も、トイレも含めたビルの清掃作業員も、家畜を食肉にする屠畜作業者も、全て社会に欠かせない役割であり、それらの仕事にはそれぞれ適性というものがある。そうした適性を持った人物を選抜し、高く評価して高い水準の仕事を遂行してもらう、というのが理想の姿だろう。

けれども、私たちの頃には「高等学校」の進学率は100%に近づき、「せめて高校くらいは出ないと恥ずかしい」などという状態になってしまった。現在では「経済状況が許せばせめて大学くらいは」というような状況だろう。国公立の大学が少なく、したがって経済状況が許さないので、高等学校ほどには大学の進学率は上がっていない。

そして、高等教育に興味のない若者が必要のない受験競争で格付けされ、本来は肉体的な能力や手先の器用さや単調作業を忍耐強く繰り返す特性などで評価されるべきところが、そうした評価の機会を失ったまま社会に出る。高等教育に興味のある人間も、地域のちょっと知恵のある人などという立場を獲得することなく、全国の学生のこのあたり、という客観評価を下されて社会に出る。あるいは、完全に自信を失って社会に出ないまま終わる。

以上は現象の限られた一面だけを切り出して論じたもので、実際の問題はもっと多彩な様相を示し、こんなに単純には割り切れないだろう。しかし、多くの若者が単一の大きな物差しで計られることによって、本来得るべき局所的なポジションや、それに伴う自尊心を得る機会を喪失しているという現象は、一般的に見ればやはり存在するのではないかと思う。アイデンティティー・クライシス、自己確立の危機という、やや古い問題が解決されないままに大きなうねりになっているだけのようにも見える。

統計値をはじめとした数値データは、問題を明確化できる非常に強力な道具である。しかしその強力さの源泉とはつまり、ほとんどすべてのものを捨て去った残滓しか示していない、という事実にある。その残滓は大変重要なエッセンスであることが多いが、現実の複雑さに比べると、やはりひどく単純なものでしかない。

ひとつの道具に頼り過ぎない。ただそれだけのことなのだけれども、これは案外に難しい仕事であるように思う。プロゴルファー猿のようにウッド一本で全ホールを回れるほどには、現実世界は単純ではない。
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by antonin | 2008-06-18 00:33 | Trackback | Comments(0)
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